14-8. 長江江南(江西省仙人洞洞窟遺跡)で世界最古2万年前の土器発見!?

  6月29日付けのScienceに表題の論文が掲載されました。とりあえずAbstractと朝日新聞の記事を紹介します。中米独グローバルチームの報告。
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Science 29 June 2012:
Vol. 336 no. 6089 pp. 1696-1700

Early Pottery at 20,000 Years Ago in Xianrendong Cave, China

Xiaohong Wu, Chi Zhang, Paul Goldberg, David Cohen, Yan Pan, Trina Arpin, Ofer Bar-Yosef,*

School of Archaeology and Museology, Peking University, Beijing 100871, China.
Department of Archaeology, Boston University, Boston, MA 02215, USA.
Eberhard Karls University Tubingen, The Role of Culture in Early Expansions of Humans, Rumelinstrase 23, D-72070 Tubingen, Germany.
Department of Anthropology, Harvard University, Cambridge, MA 02318, USA.

Abstract

  The invention of pottery introduced fundamental shifts in human subsistence practices and sociosymbolic behaviors. Here, we describe the dating of the early pottery from Xianrendong Cave, Jiangxi Province, China, and the micromorphology of the stratigraphic contexts of the pottery sherds and radiocarbon samples. The radiocarbon ages of the archaeological contexts of the earliest sherds are 20,000 to 19,000 calendar years before the present, 2000 to 3000 years older than other pottery found in East Asia and elsewhere. The occupations in the cave demonstrate that pottery was produced by mobile foragers who hunted and gathered during the Late Glacial Maximum. These vessels may have served as cooking devices. The early date shows that pottery was first made and used 10 millennia or more before the emergence of agriculture.

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  中国のXianrendong洞穴の20,000年前の初期陶磁器

  陶磁器の発明は、人間の生存慣習および社会的シンボリックな行動の基本的な変化を引き起こしました。 ここで、私たちは、中国江西省Xianrendong洞穴の陶磁器破片および放射性炭素サンプルの層位学のコンテキストの微構造からの初期の陶磁器の年代を記述します。 最も初期の破片の考古学のコンテキストの放射性炭素時代は、東アジアと他のどこかで見つけられた他の陶磁器より2000?3000年早い20,000?19,000年前頃です。 洞穴の痕跡は、最終氷河期の真最中の移動する狩猟採集民によって陶磁器が作られたことを実証します。これらの土器は調理器として役立ったかもしれません。 早い年代は、陶磁器が農業の出現より10千年以上早いことを示します。
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  これは、グローバルなチームの論文なので中国人研究者が長江文明自慢のために年代を古めに算出したと考える必要はないかもしれません。

  だとすると土器の製作者は、当ガラパゴス史観の立場では、当然土器製作集団でもあったY-DNA「C1」か「C3」あるいは双方の集団によるものと考えます。 Y-DNA「D」と常に行動を共にしていたと考えられるハンター集団の「C」はスンダランドで「C2」と「C4」が「D」と別れニューギニアやオーストラリアが繋がっていたサフール大陸に西進し、 「C1」と「C3」は「D」と共に北上し海洋性ハンターだった「C1」はそのまま「D2」の主力と共に東シナ海−黄海ランドから狭く浅い対馬海峡川を越えて日本列島弧部分と思われます。
  しかし「C3」は「D1」や「D2」の残り部隊と共に内陸に入り内陸性ハンターになり、今回20000年前の土器が発見された江西省あたりにも入ったようです。
Y-DNA「D1」は中国大陸最古の民族として広く分布し恐らく羌族の祖先となり、中国古代神話の3皇初代の伏羲と伏羲の兄妹または夫婦と目される女?は「D」集団の祖先神と考えられます。 また日本神話のイザナギ、イザナミ神話はこの伏羲、女?の「D2」縄文神話版と考えられます。

  「C3」から分化した「C3a」が一部の「D2」と共に更に北上し満州や黒竜江辺りまで大型獣を追って移動をしましたが、 シベリアのツンドラ化が進み大型獣が南下するのに伴い南下し韓半島から日本列島に上陸したと考えられます。そして貝文土器製作者だったと考えられる「C1」と共に、縄文土器を熟成させたようです。

  その時に、更に北上しベーリング陸橋を渡り北米大陸に到達した「C3b」が中米付近で発掘される縄文土器似の土器の製作者になったようです。 その移動時に「C3」と行動を共にしていた「D2」が「C3a」や「C3b」と別れ間宮陸橋からサハリンに入り南下し宗谷陸橋を南下し北海道に入り原アイヌ民族となったようです。

  またシベリヤ南部に留まった「C3c」はモンゴル族やツングース族などの騎馬民族に変身し、その後モンゴル帝国や金・清王朝を興しましたが、元寇以外に日本列島に足跡と遺伝子を残すことはありませんでした。



以上

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