15-9. 稲のゲノム変化の地図がジャポニカ稲の起源を明らかにした。

  日本人5名が加わったアジアチームがジャポニカ米の起源が中国南部の珠江中流域であることを突き止めたそうです。これは長江文明人のY-DNA「O1」、「O2」の故地にも通じます。
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Nature Volume: 490: Pages: 497?501 :25 October 2012
Xuehui Huang, Nori Kurata, Xinghua Wei, Zi-Xuan Wang, Ahong Wang, Qiang Zhao, Yan Zhao, Kunyan Liu, Hengyun Lu, Wenjun Li, Yunli Guo, Yiqi Lu, Congcong Zhou, Danlin Fan, Qijun Weng, Chuanrang Zhu, Tao Huang, Lei Zhang, Yongchun Wang, Lei Feng, Hiroyasu Furuumi, Takahiko Kubo, Toshie Miyabayashi, Xiaoping Yuan, Qun Xu, Guojun Dong, Qilin Zhan, Canyang Li, Asao Fujiyama, Atsushi Toyoda, Tingting Lu, Qi Feng, ian Qian, iayang Li & Bin Han

Crop domestications are long-term selection experiments that have greatly advanced human civilization. The domestication of cultivated rice (Oryza sativa L.) ranks as one of the most important developments in history. However, its origins and domestication processes are controversial and have long been debated. Here we generate genome sequences from 446 geographically diverse accessions of the wild rice species Oryza rufipogon, the immediate ancestral progenitor of cultivated rice, and from 1,083 cultivated indica and japonica varieties to construct a comprehensive map of rice genome variation. In the search for signatures of selection, we identify 55 selective sweeps that have occurred during domestication. In-depth analyses of the domestication sweeps and genome-wide patterns reveal that Oryza sativa japonica rice was first domesticated from a specific population of O. rufipogon around the middle area of the Pearl River in southern China, and that Oryza sativa indica rice was subsequently developed from cro sses between japonica rice and local wild rice as the initial cultivars spread into South East and South Asia. The domestication-associated traits are analysed through high-resolution genetic mapping. This study provides an important resource for rice breeding and an effective genomics approach for crop domestication research.
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  作物の栽培化は長期にわたる選択の実験であり、これがヒトの文明を大きく進歩させてきた。栽培イネ( Oryza sativa L.)の栽培化は、歴史上最も重要な進歩の1つに位置付けられるが、 その起源と栽培化の過程については意見が分かれており、長く論争が続いてきた。 今回我々は、さまざまな地域から収集した野生イネ、ルフィポゴン( Oryza rufipogon 、栽培イネを生み出した直接の祖先種)の446系統と、栽培イネであるインディカイネとジャポニカイネの1,083系統について、 ゲノム塩基配列を解読し、イネゲノムの包括的な変異マップを作成した。選択の痕跡を探索して、栽培化の過程で選択的除去(selective sweep)が起こった55の領域を同定した。 この選択的除去とゲノム全域の変異パターンを綿密に解析したところ、ジャポニカイネ( Oryza sativa japonica )は初め、 中国南部の珠江中流領域周辺でルフィポゴンの1集団から栽培化されたことが判明した。またインディカイネ( Oryza sativa indica )は、 最初に生まれた栽培イネがその後、東南アジアや南アジアに広がるにつれ、このジャポニカイネと現地の野生イネとの交配により生じたことも明らかになった。 高精度の遺伝子マップ作成により、栽培化に関係する形質の解析も行った。この研究は、イネの育種のための重要な基盤となり、また作物の栽培化の研究に役立つ効果的なゲノミクス手法を示している。
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  また16-1.のPNASの記事でジャポニカ種の起源は1万年前頃から始まったと報告されていますので併せて見てください。

  Wikipediaでは、珠江の本流ともいえる一番長い西江は、流域面積が353,000平方kmに達し全流域面積の80%を占めている。 雲南省東北部の沾益県にある馬雄山に源を発し、雲南省、貴州省、広西チワン族自治区、広東省の4つの省・自治区、香港およびマカオ特別行政区を経て海に注ぐ、と説明しています。 長江よりはるかに南でヴェトナム、ラオスのすぐ真上になります。

















  記事4-13.でご紹介したように「THE GENOGRAPHIC PROJECT」では雲南省辺りはY-DNA「O」が「NO」から分化した土地と考えられています。 インド゙亜大陸付近の土地で「K」は「L」、「T」、「M」、「NO」、「P」と「S」に分化し、「L」はインダス文明を興しましたが、その後ドラヴィダ人の主要遺伝子となり、 「T」は西進しイタリア周辺のヨーロッパに定着し、「M」は東進しニューギニアまで南下しオーストラロイドの一員になり、 「P」はシベリアに展開しその後シベリアの寒冷化に伴い更に「Q」と「R」に分化し、「Q」はベーリング陸橋を渡り出シベリアし新大陸のアメリカを縦断し南米先端のフェゴ島まで到達しました。

  その後最も新しいハプロタイプの「R」は大部分は西進しヨーロッパ大陸に到達しほとんどのヨーロッパ人(特にケルト人)の先祖になり、一部は南下しインド亜大陸に入りインドアーリアンとなりました。

  そして「NO」は華南辺りで稲などの穀物・雑穀を主食に選択した集団「O」と狩猟採集文化を守り食料の獣を追って北方に移動した「N」に分化したようです。


















    ↑ 上図はこの調査・研究で採集した稲の地域です。これで明解にわかるとおり、長江流域を追われた越系長江文化民のY-DNA「O2a」が逃げ込んだ先のインド東北部や 南部ドラヴィダ人地域にジャポニカ種(青い点)がかなりあることがわかります。またインディカ種(赤い点)もが越民が持ち込んだジャポニカ種と現地野生種との交配であることが分かったことです。 つまりジャポニカ種とインディカ種が存在すると言うことはそこに逃げてきた越民が定住していたことを意味するのです。

  だから越民「O2a」の兄弟遺伝子の呉系長江文化民Y-DNA「O2b」が逃げ込んだ日本列島に語源を同じくする水田稲作文化系語彙が、 越民が逃げ込んだドラヴィダ人居住地域のタミール語と日本語で共通するのは至極当たり前のことだ、ということが明解に理解されます。

  ↓ 下図はKumar et alが2007年の論文で報告しているY-DNA「O2a」の遺伝子頻度分布です。越系長江文化民Y-DNA「O2a」の分布とジャポニカ種の分布が良く一致することが素晴らしいですね! この結果も日本列島の水田稲作農耕民のY-DNA「O2b」が(呉系)長江系文化民の末裔であることを支持するのです。





















  更に、本研究は下記の図で、ジャポニカ種のオリジナル度が高い地域は点線の丸で囲まれた珠江の中流地域であることを明らかにしました。 長江文化民はこの辺りからジャポニカ種を持って比較的豊かな農耕民になり先住のY-DNA「D」の狩猟採集民の古代遺伝子羌族を追い払いながら長江下-中流域に定住することに成功したのではないかと思われます。 しかし長江河口-下流域には先に定住していた楚民系長江民のY-DNA「O1a」がいたため棲み分けをした可能性があります。 Y-DNA「O1a」が水田稲作を行っていたかは当ガラパゴス史観にはまだ推論出来ていませんが、少なくとも陸稲系の稲作は既に行っていたはずです。





















  しかし、それでも陸稲からはなれられなかった農耕文明改革が遅れた集団は長江の上流域に移動し、更に北上し黄河流域に定住し黄砂適応を経てY-DNA「O3」へと分化し 陸稲-雑穀系の地べた住居文化の黄河文明民となったようです。 しかし古い文化は失われ、新しい文化に置き換わるのが歴史の常の通り、負けた長江文明は失われましたが、その中でも特に水田稲作農耕技術・文化や湿気対策の高床式家屋の構造などが 日本で受け継がれ発展し今に至っています。



以上

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