30-11. 縄文遺伝子Y-DNA「D2」のネグリート(倭人)体質

  日本人は今でこそ食糧事情が世界最高水準と良くなり、質素な穀物系食事で発現が抑えられていた身長の遺伝子が肉食化で一気に解放され男子の平均身長は172cmまで伸びてきましたが、 江戸時代まではまさしく男一匹5尺の体で150cmが日本男児の平均で、見事なネグリートでした。
明治33年からの文部省の統計があり、17才の身長の推移が統計データとして公開されてましたので転載します。20-29才の厚生労働省の最近のデータもありましたので比較に転載します。 一目瞭然ですが、身長の伸びは17才でほぼ止まることが極めて良くわかります。

















































































  この統計データをグラフ化してみました。






























  日本人の身長は1994年をピークに止まり最近は逆に若干下がる傾向にあることもわかります。
  明治33年ごろの17才男子の身長はまだ158cmです。明治維新で文明開化し食糧事情が改善されて33年経ってもまだ身長遺伝子は全開放されておらず、 8cm高くなった程度でした。戦後まで戦時中の食糧難もありあまり伸びていませんでした。
  これを見ると日本人の身長が本格的に伸び始めたのは戦後になり誰もが腹一杯食べられるようになった1950年頃からです。 この後30年間で日本男子の身長は身長遺伝子のMaxまで一気に10cm近く伸びたのですが、まだ伸びると思っていた身長は1980年頃には既にほぼ止まってしまいました。
江戸時代から100年かかって日本男子は身長を20cm伸ばしてきましたが、今は完全に止まりました。

  この要因は、日本人の約40%近くを占める古代遺伝子であるY-DNA「D2」縄文遺伝子と日本人の67%を占めるmtDNA「M」系縄文遺伝子のネグリート性が これ以上の高身長化を拒否しているようです。もしY-DNA遺伝子亜型別に身長が統計できると極めて見事な結果になると思います。
  当ガラパゴス史観の周囲にも150cm台の小柄な男性は若い人にもかなりいます。戦後の食糧事情の改善で、もともとネアンデルタール人譲りの大柄遺伝子を持つはずの Y-DNA「CF」系統のY-DNA「C1」,「C3」,「O2b」,「O2b1」や「O3」の身長は一気に伸び、平均身長を押し上げたと思われます。
  魏志倭人伝の頃の日本列島はY-DNA「D2」と「C1」及び「C3」が人口の大部分を占めていたため文字通りネグリート=倭人が大多数の地域だったからこそ「倭人伝」が出来たのでしょう。 比較して大柄だったはずの呉系長江文明人のY-DNA「O2b」と「O2b1」は日本列島で既に稲作を展開していたはずですが、ボートピープルとして小集団で対馬海峡を渡ってきたため まだ十分な人口は無く(もし既に十分な人口があったなら、長江文明系呉越風の風俗習慣も併せ倭人伝にその旨記載されていたはずです。)中国王朝にはまだ知られるほどではなかったのでしょう。



以上

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30-11. 縄文遺伝子Y-DNA「D2」

  縄文人の主力はY-DNA「D2」ですが、元々は高度な技術や文化は持たず比較的単純な狩猟採集を行う集団だったようです。 高度な土器製作は古代に行動を共にしていたと欧米の研究者が考えるY-DNA「C1」と「C3」と考えられます。

  しかしY-DNA「D2」は徳島大学医学部の科研費研究で明らかにされたように無精子症や乏精子症の出現頻度がかなり高く 他のY-DNA亜型と比較して人口増殖率が低いにも関わらず、現代でも男性人口の40%の頻度を保ってこられた理由はまだ解明できてはいません。 確かなことは結果として1万年以上に渡る縄文時代の間に日本列島はY-DNA「D2」の土地になっていたはずだということですが、 縄文文化を矮小化したい高名な学者は、縄文人の人口は極めて低かったと大々的に啓蒙活動を行ってきました。

  弥生時代に日本列島に入ってきた弥生人主力の「O2」と少数の「O1」は先端農耕技術を持つ農民として、狩猟採集先住民だった縄文人と棲み分けをしながらある程度友好的に土着化したようです。 もし小さなアンダマン諸島のY-DNA「D*」のようにY-DNA「D2」縄文人が弥生人を殲滅するか排斥をしていたなら農耕文化はここまで定着してこなかったと思われます。 農耕文化は日本列島上陸後意外な早さで青森まで広まったのは、先住の縄文人が受け入れたからです。 長江を追われた弥生人たちは吹き溜まりの日本列島に落ちのび、これ以上逃げる先がないことをわかっておりしかも農耕に適した気候風土だと理解したため、 縄文人が受け入れられるように友好的に共存するやり方を取ったと思われます。
  Y-DNA「D*」100%のOnge族やJarawa族を見て縄文人の姿を推測してみたいと思います。 アンダマン諸島の遺伝子調査で有名なThangarajらの2002の論文を見て改めて「Onge 」族と「Jarawa 」族が100%純粋なY-DNA「D*」であることが改めて確認できました。 アンダマン諸島はインドからの統治者や、インドシナ半島のカレン族の強制移住で余計な遺伝子が混じり込んでいるのですが、幸い上記2部族は人口は非常に少ないのですが、 なんとか純粋なY-DNA遺伝子を保っているようです。インターネットで入手できる写真を参考に(個人ブログなので未許可で)アップします。

  先ず、2004年(撮影者Klein)のJarawa族の集合写真だそうです。Jawara族とOnge族は50000-60000年前頃に出アフリカした当時のY-DNA「D」の姿を100%留めている、と言われています。 そして世界で最も黒い種族とも言われています。現代のサハラ以南のアフリカ人はY-DNA「E」と「A」,「B」の交配の結果なので一番黒いわけではないのだそうです。















  Onge族の1980年代の写真2枚です。撮影者は不詳だそうです。










  別に白人と並んで撮影した写真もありましたが、Y-DNA「D*」はいわゆるネグリートで大人の男性で身長150cm弱で、日本人の「男1匹5尺の身体」は 文字通りこのY-DNA「D」タイプの持つネグリート性遺伝子に他ならないようです。記事30-12.でご紹介するY-DNA「C1」もやはりネグリート体質なので、 縄文文化を構築した「D2」と「C1」は共にネグリート体質(しかも黥面文身の文化)であったことは間違いありません。 またアイヌ民族の「D2」も黥面文化だったので(さすがに北国なので衣服で守るため文身の写真は見たことがありません)、古代部族に共通する独特な身体装飾文化を守ってきたっことが良く解ります。 したがって魏志倭人伝に出てくる黥面の「倭人」はこの縄文人の子孫で間違いないでしょう。「倭人」は中国が蔑んで呼んだのではなく、文字通り小柄だったからなのです。 また中国の正史によく出てくる「倭」はまさにこのネグリート体質を持った部族が東アジアのさまざまな場所に住んでいたことを示しているのだと思います。 現代でもチベットで高頻度の「D1」「D3」が居住していますし、モンゴルや朝鮮半島にも「D1」は見つかり、東南アジアにも見つかります。 「D」は最初の先住民として東ユーラシア一帯に拡がり、新参の「O」に負けて辺境に四散したと、欧米の研究者は説明しています。 その辺境の代表例がチベット高原と日本列島なのです。だから辺境に「倭」はいたのです。

  日本人には記事30-20.でご紹介したように基本的に陽に焼けてこんがり色になるタイプの人と、真っ赤に腫れあがり皮がむけるタイプと分かれますが(勿論中間もありますが)、 色が黒くなるタイプのヒトは「D2」と「C1」の遺伝子タイプのはずです。つまり縄文人の子孫の倭人の子孫でしょう。 夏に問題なく黒くなれるタイプの遺伝子のヒトは紫外線を自然に防御できるタイプでしょう。日本人の遺伝子がさまざまある以上、日光に強いタイプ、弱いタイプがあるのは当然です。 当方の家内は黒くなりやすいタイプですが、目は人一倍まぶしがり屋ですサングラスが欠かせません。目にはメラニン色素がないので防御できないようです。 その分奥目タイプで光がまっすぐに目に入りにくい顔面構造をしています。当方のようなフラットな顔面構造の方が目は光に強いようです。サングラスは掛けたことがありません。

  大陸棚が良くわかる地図がありました。アンダマン諸島が最寒冷期時代大陸と陸続きであったことがよくわかります。 また東南アジア部分は一面の大陸棚でオーストラリア大陸まで陸続きの広大なスンダランド大陸でした。 Y-DNA「D]や「C」、mtDNA「M」は図の左端のインドの東海岸沿岸づたいに駆け足で移動し「D」の一部はアンダマン部分に留まり、他は図の右側のスンダランド部分に更に進んだのでしょう。 現在の東南アジアやスンダ列島、ニューギニアやオーストラリアの先住民にY-DNA「D」が全く検出されないということは、Y-DNA「D」集団は 当時120m〜130m低い海面のおかげで陸になっていた、東シナ海−黄海ランドを北上し中国大陸部に上陸したと思われます。
その一部は浅い川程度の存在だった対馬海峡を通って日本列島部分に到達したのでしょう。



















薄い水色部分が大陸棚で当時120m〜130m低かった海面時代に陸地だった部分です。ここを恐らくY-DNA「D」と「C1」「C3」が移動したものと思われます。


























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