30-4. ネアンデルタール人と人類の祖先たち(猿人、原人、旧人)rev.5

rev.5 旧人/ネアンデルタール人の最新情報

  今ではネアンデルタール人とホモサピエンスの交配は常識ですが、ネアンデルタール人のEupediaの最新情報を翻訳転載しましたのでご参考にして下さい。 訳は専門ではなく下手なので気になる方はEupediaをお読みください。またrev.1〜rev.4の古い情報は削除しました。
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ネアンデルタール人は実際はどのような人間だったのか、そして私たち現代人は彼らから何を受け継ぎましたか?

現代人はネアンデルタール人の形質を伝えていますか?


  ネアンデルタール人は、一連の誤解を呼び起こし続けたつまらない間違ったイメージで、長い間苦しみました。   最初の骨格がベルギー(1829)、ジブラルタル(1848)およびドイツ(1856)の中で発見された後すぐに、ネアンデルタール人と名付けられましたが、 当時の科学者達は人間的ではないと主張しました。   彼らは、ネアンデルタール人がある種の獣のような霊長類(現代人よりもゴリラあるいは雪男に近い)と想像しました。
  近東と中央アジアは別として他の大陸で見つからないヨーロッパのこれらの初期の住民が、実は他の何よりも非常に私たちに似ているように見えました。   チューリッヒ大学人類学研究所による、ジブラルタルで発掘されたネアンデルタール人少女の復元像がこれです。

出アフリカした現代人にはネアンデルタール人の遺伝子が受け継がれている。
  科学界においていまだ広範囲で最も根深い誤解は、ネアンデルタール人は現代人にどんな貢献もせずに絶滅した、ということです。   ネアンデルタールと現代のヨーロッパ人の間の形態的な比較は、ネイティヴ・アフリカンの間では見つからないユニークな身体的な特徴(下記参照)で、 著しい類似点を容易に明らかにしています。
  2010年に完成したネアンデルタール人・ゲノムの配列は、ヨーロッパ人だけでなくネイティヴ・アフリカン以外の今日の人類は全員、 ネアンデルタール人のDNAを2-3%継承していることを明確に証明しました。

  *ガラパゴス史観注;
  純粋なネイティヴ・アフリカンとは、出アフリカをしなかったY-DNA「A」と「B」及びmtDNA「L3」
  以外の「L」のことです、同じアフリカンでもY-DNA「E」は出アフリカ組なのでネアンデルタール人の
  遺伝子を受け継いでいます。
  ほとんど全てのアフリカの民族・部族には出戻り組のY-DNA「E」が支配階級及び人口強者として
  混血しています。ということは純粋なネイティヴ・アフリカンの人口は極めて少ないのです。
  ホモサピエンス最古の民族コイサン語族(Y-DNA「A」が基盤)や次のピグミー族(Y-DNA「B」が
  基盤)でさえもエスタブリッシュメント層はほとんどがY-DNA「E」です。
  一見同じように見えるアフリカンが良く見ると、顔つき・体つきなどかなり違うのはこの3タイプの
  Y-DNA(更にカメルーン周辺にはチャド語族の新参者Y-DNA「R1b」も含まれています)及び
  「L3」以外のmtDNA「L」の入り混じった交配加減による結果なのです。


ネアンデルタール人は、我々ホモサピエンスより進化していなかったのですか?

ネアンデルタール人は現代人の人種よりよりもっと多様に分化していた
  第1の誤解は、ユーラシア大陸に広く分布していたネアンデルタール人がすべて同じだったということです。 原ネアンデルタール人が約350,000年前に最初に現われた頃、我々ホモサピエンスの先祖は900cc?1100ccの脳サイズを持つまだかなり原始的なホモエレクトス(原人)の段階でした。 ネアンデルタール人は、その存在が考古学の記録から次第に消える24.000?30000年前頃まで、ヨーロッパ中を歩き回っていました。
  ネアンデルタール人は出現してから300,000年以上(最新の情報では600,000年以上とも)の長い時間が進化に費やされていたので、当然多くの亜種が存在していました。 そのため出アフリカ後まだ60,000年程度でしかない現代人の人種間の違いより、最も異なるネアンデルタール人の亜種間の遺伝的な距離ははるかに大きかったでしょう。

  現生人類(つまり解剖学的な現代人)が40,000年前頃にヨーロッパに現れた時に、ネアンデルタールは進化の最も先進のレベルにありました。   1200cc〜1700ccに及ぶ頭蓋容積は、事実クロマニヨン人(旧石器時代のヨーロッパのホモサピエンス)より大きく、現代人の平均よりも10%も大きいのです。

ネアンデルタール人は前頭葉より後頭葉が発達していた
  もし脳サイズだけが全ての指標とするなら、ネアンデルタール人は私たちより賢かったかもしれません。   しかし、それが物語の全てではありません。   ネアンデルタールの頭は大部分の現代人より低いアーチ形の前頭葉前部皮質を持っていたため、意思決定や穏やかな社会的な振る舞いがあまり上手ではない (粗野だっただろう)と推測されました。
  他方、ネアンデルタールはより大きい後頭葉を持っていたので、彼らの視覚の能力(微細な区別と色の識別の優秀性を含む)が現代人のそれより確かによかったことを意味しました。

ネアンデルタール人は話すことが出来たようだ
  科学者はネアンデルタール人を、ホモサピエンスのように、話したり道具を使用するために十分な進化をしていなかったと主張して、長い間見下していました。   それは遺伝学によって間違っていると言うことが、その後証明されました。
  非常に評判がよいネイチャー誌は、ネアンデルタール人が遺伝学的に言語能力を持っていたことを発表しました。   別の研究(D'Anastasio 2013)はネアンデルタール人が、首の中の馬蹄形をした構造に基づいて、話すことが出来ることを確認しました。

埋葬と信仰の起源はネアンデルタール人
  多くの研究は、ネアンデルタールとクロマニヨン人が同様の道具を使用し、全体として同じ技術およびライフスタイルを持っていたことを示しました。   ネアンデルタール人とホモサピエンスの両方とも、同じレベルの感情と配慮を示して同様の装飾と共に、死者を埋葬しました。   実際、ネアンデルタール人は、ホモサピエンスが現れるかなり前から、埋葬を実行する最初のヒト科でした。
  意図的なネアンデルタール人の埋葬で最も古い証拠は、300,000年前のスペインのAtapuerca洞穴遺跡までさかのぼります。   ウェールズのPontnewydd洞穴で見つけられた約15体のネアンデルタール人は、約225,000前の死者の丁寧な葬り方を示しています。   もう一つの有名な例は約130,000年前のクロアチアのKrapma洞穴で、70体以上のネアンデルタール人が道具を使って、儀式的に埋められたと分かったことでした。   宗教の最も初期の証拠も、トーテム信仰または動物の崇拝(例えば熊・信仰)の形で、ネアンデルタール人からもたらされます。

美食の起源や薬草の起源もネアンデルタール人
  多くの人々がネアンデルタール人を、日常の食物が大型獣の肉に依存したハンターとして、想像しています。   しかしネアンデルタール人は実際にはかなり多様化した日常の食物を、例えばカラスガイ、他の甲殻類(彼らの殻を開けるために暖められた)、魚、小麦と大麦(料理された)、 豆類、ナッツ、果物やカモミールやノコギリソウのような苦い味の薬用植物でさえ、楽しみました。

医学の起源はネアンデルタール人
  スタンリー・フィンガーは自身の本「神経科学の起源」の中で、イラクのShamdar洞穴の70,000年の古いネアンデルタール人治癒された頭傷の証拠を示したことを、説明します。   したがって、ホモサピエンスがさらにヨーロッパに到着する前に、ネアンデルタール人に基礎的な医学についての知識があったことはありえます。

芸術の起源もネアンデルタール人
  Joao Zilhaoら(2010年)は、イベリアでネアンデルタール人によって50,000年前の彫刻された貝殻が塗られていたことを、報告しました。   これはネアンデルタール人は宝石を使用しただけでなく、ペンキを製造することができたという最初の証拠でした。   発見者は、ネアンデルタール人がさらに彼らの身体もペインティングしていただろうと考えています。
  世界で最も古い洞窟絵画、例えば40,000年前とされるカンタブリアのEl Castillo洞穴やスペインのマラガ近郊のNerja洞窟で見られるものは、ネアンデルタール人の作品、 あるいはもしかすると初期の現性人類とネアンデルタール人の交配種(ハイブリッド)によるものと、提案されました。   彼らがホモ・サピエンスより大きな後頭葉があったことを考えれば、ネアンデルタール人に絵画の起源を見つけることは驚くべきことではありません。 そして、それは彼らをより視覚の思想家にしました。

繊維の起源もネアンデルタール人
  ネアンデルタール人は、さらにヒモ(ストリング)やロープを作ることにおいてもホモサピエンスに先行していました。私たちが知っている限り最も古い標本は フランスの90,000の年前の古い遺跡で見つかり、それはホモサピエンスより60,000年も前のことです。

ヨーロッパ人はネアンデルタール人から何を受け継ぎましたか。

東洋人の直毛はネアンデルタール人から受け継いだ形質遺伝子だったようだ
  全てのユーラシア人は明らかに、タイプ-2糖尿病およびクローン病のようないくつかの自己免疫疾患のための危険を増加させた遺伝子を含む免疫系(例えばHLAタイプ)に関係のある、 様々なネアンデルタール人の遺伝子を継承しました。   ヨーロッパ人および中東の人々がネアンデルタールから相続した身体的な特徴は、突出した眉、大きな目、強いあごと広い肩を含んでいます。   東アジア人の70%は、さらにPOU2F3遺伝子の突然変異を継承しました。それはケラチン生産に関係し、髪を真っすぐ(直毛)にする役割を果たしています。

金髪もネアンデルタール人から受け継いだ形質
  カナダの人類学者ピーター・フロストによれば、ホモサピエンスが45,000年前にヨーロッパへ行って(ネアンデルタール人と交配し遺伝子を受け継いで)いなければ、 ヨーロッパの髪の色の現在の多様性のレベルを獲得するためには850,000年はかかっていたでしょう。   これは、ブロンド(金髪)のための遺伝子はネアンデルタール人との亜種間交配で受け継がれた十分な証拠です。

白い肌も赤毛もネアンデルタール人の形質
  DNA鑑定は、ネアンデルタール人が白い肌であることを証明しました、そして、少なくとも、若干の亜種では赤みがかった(reddish)髪もありました。

ホモサピエンスは元々黒い肌と黒い髪の毛
  ホモサピエンスは何万年の間に渡るヨーロッパ、中東と中央アジアでのいろいろなネアンデルタール人亜種との継続的な交配(雑種を生じること)することなしでは、 同時に「明るい色の皮膚・目・髪」のパッケージを明らかに受け継ぐことはできませんでした。
  中石器時代のヨーロッパ人が青い目だが、黒い皮膚と黒い髪を持っていたことが確認されました。

肌の「シミ」もネアンデルタール人の形質
  いくつかの遺伝子が皮膚の色に影響を及ぼしています。   それらの中で、皮膚の色の飽和に影響を及ぼし、しみの原因であるBNC2遺伝子は、ネアンデルタール人から来たことが2014年Sankararamanらによって確認されました。   それはユーラシアの全ての集団で様々な頻度で見つかっており、ヨーロッパ人で最も一般的です(ヨーロッパ人の70%はネアンデルタール人版の遺伝子の少なくとも 1つのコピーを持っており、それに対し東アジアと南アジアでは40%です)。

  SLC24A5遺伝子の突然変異は、ヨーロッパ人とサハラ以南のネイティヴ・アフリカンの間の皮膚色の変化の40%に対して責任があり、近東からの新石器時代の農民によって、 そして、特に青銅器時代のポントス大草原(Pontic Steppe)からのプロト-インド-ヨーロッパ人によってヨーロッパに広められました。   ブロンドと赤毛のための突然変異は、青銅器時代に先立つ古代のヨーロッパ人のサンプルでまだ見つかっていません。   そうです、白い肌とブロンドか赤い髪は、ヨーロッパでよりはむしろ、起源的に中東か中央アジアでホモ・サピエンスに渡されたようです。

  明るい色の目のための遺伝子もまた、かなり最近ヨーロッパ人の中から独立して出現したというよりはむしろ、ネアンデルタール人から受け継いだという比較的高い可能性があります。   たった1人のネアンデルタール人の標本だけが完全に配列された段階なので、ネアンデルタール人に青い目、緑色の目あるいはハシバミ目があったことはまだ証明されていません。   しかし、そのような突然変異が出現しネアンデルタール人に選択されるという統計学的な可能性は、ヨーロッパの高緯度地域で300,000年間進化したネアンデルタール人に比べ、 ヨーロッパでわずか45,000年しか居住しておらず、しかも北ヨーロッパではまだ30,000年しか経っていないホモ・サピエンスより、はるかに高いです。

  しかしながら、すべてのネアンデルタール人が青い目だったわけではありません。   ネアンデルタール人はホモサピエンスより3倍も古い先祖から進化したため、歴史の短い現代人より遺伝的に非常に多様でした(青い目の遺伝子は亜種に分化してから獲得したため、 全亜種が青い目の遺伝子を持っているわけではないのです)。

  もしも青い目がネアンデルタール人から本当に始まったならば、種々のネアンデルタール人集団がヨーロッパ、中東または中央アジアで数回はホモ・サピエンスに 青い目遺伝子を渡すことができたはずです。   2つの主な遺伝子(OCA2とHERC2)が同時に渡されるか、もしくは同じ人々に渡されたことは認められません。   彼らは後でヨーロッパ人に集中しただけかもしれない。   別の選択肢は、これらの遺伝子のうちの1つだけがネアンデルタールから来て、その一方で他方がヒトの中で発生したということです。

  スペインとルクセンブルグの中石器時代のヨーロッパ人は青い目のためのHERC2遺伝子変異を持っていたことが確認された(Oladera et al. 2014、Lazaridis et al. 2014)。   この突然変異は、Y-DNA[R1a]とY-DNA[R1b]に属するProto-インド‐ヨーロッパ語族が定住したアルタイ山脈、南シベリア、中央アジア、イランとインドの亜大陸を含めた アジアの地域でも見つかっています。   Proto-インド‐ヨーロッパ語族が中石器時代のヨーロッパ人(Y-DNA[C]、[F]と[I])と非常に異なる父の血統を運んで以来、またmtDNA[U4]とmtDNA[U5]のような 非常に古い母の血統を共有するだけだったので、彼らのHERC2突然変異は共通の旧石器時代の祖先から受け継ぐことができたか、もしくは異なる2つのネアンデルタール人の集団から 受け渡しされたことで、前期旧石器時代のホモ・サピエンスを分離させました。

現代のヨーロッパ人によって受け継がれるネアンデルタール人の身体的な特徴。

  今日の非アフリカ人はみなザッと同程度のネアンデルタールDNAを持っているかもしれません。しかし、最も見てわかりやすい身体的な特徴のいくつかは、現代ヨーロッパ人に、 中でも特に北欧人によって継承されたように見えます。   ここに、あなたがヨーロッパ人か西ユーラシア人の系統なら継承するかもしれなかった、ネアンデルタール人と現代人の違いを示した特徴のリストがあります。



Occipital bun(後頭部のパン): 髪の結び目のように見える後頭骨(後頭部)の突起。
  首の後部分の耳と同じ高さの位置のすぐ上部を触って、丸い骨の存在を感じ取ることができるならば、あなたはバンを持っています。(初期のヨーロッパ人では多くみられたのですが、 現代ヨーロッパ人では比較的まれになっています。)
  ←実は当ガラパゴス史観はこれを持っています。これは真っ直ぐ上を向いて寝ると圧迫され痛くなり非常に困った存在で、顔を寝かせないと寝れないのです。 CTやMRを撮影するときも必ず顔を寝かせて撮影してもらっていました。後頭部の部分が大きく凹んでいる枕に変えてやっと上向きのまま寝れるようになりました。

Low, flat, elongated skull(低く平らで細長い頭): ここで重要であることは、特に、すべての東アジア人と大部分のアナトリア人、コーカサス人と東ヨーロッパ人のような ほとんど垂直に落ちている後頭部と対比した『細長い頭』です。
  細長い頭は、特にスカンジナビアやイギリス諸島、そしてイベリアで一般的です。

Retromolar space posterior to the third molar(第3大臼歯の後部の臼歯後隙): つまり「親知らず」の後ろのスペース。

Supraorbital torus(眼窩の上のトーラス円環面) : 突き出た眉の骨(目と眉の間で大きい深い目腔を含む)。
←ガラパゴス史観の禿頭の輪郭です。眉の骨が出ているのがはっきりわかります。 ホモサピエンスらしからぬ後退した前頭部(Receding forehead)の形もそっくりです。多少気が短く怒りっぽい原因は、ネアンデルタール人から受け継いだ形質かもしれません。

←竹中直人さんの横顔ですが、東洋人のため後頭部は絶壁ですが、 見事なネアンデルタール前頭部と赤マルで囲んだ部分が典型的な後頭部のバンです。最近、禿げ頭の男性の横顔をじっくりと観察するようになったのですが、 ほとんど間違いなく後退した前頭部のネアンデルタール頭を持っています。こうなると禿げはネアンデルタール人の形質と言っても差し支えないかもしれません。


Bigger rounder eyes than average: 平均より大きな丸い目

Broad, projecting nose(幅広い突出鼻):平均(「ギリシアの鼻」のようにまっすぐに落ちない)より上向きになっている鼻の骨の角度。

Bony projections on the sides of the nasal opening(鼻の開始点の横の骨突起): つまり鼻とほお/軌道の間の「三角形」を作る鼻骨。

Little or no protruding chin: ほとんどない(あっても少し)顎。

Larger mental foramen in mandible for facial blood supply(顔の血液供給のための下顎骨のより大きなオトガイ孔): これは、横のあごと頬がより大きいか、 血液が平均よりよく供給されることを意味します。
  この増加した血液供給の結果、運動をするとき、或いは天候が寒いとき、頬が赤く(顔が赤くなるように)なることがあります。

Short, bowed shoulder blades(短く湾曲した肩甲骨):すなわち、平均より正面の方へカーブしている肩甲骨

Large round fingertips(大きな丸い指先): 典型的な「平ら」で幅広い指、特に親指(例えばあなたの親指の幅が1.5cm以上である場合)。
  ←当ガラパゴス史観は太い指で親指は2.5cmの幅があります。他の指でさえ2cmはあるほど、ぶっといのです。

Rufosity(赤み): つまり赤髪を持っているか、あるいは赤色の斑点か自然なそばかすをともなっている茶髪。

Fair skin, hair and eyes(白肌、金髪と明るい色の目): ネアンデルタール人は、白い肌と明るい色の髪の毛だけでなく、青色か緑色の目を持っていたと信じられています。 つまり中国古典に出てくる「紅毛碧眼」です。

ネアンデルタール人は北の緯度(高緯度)でホモサピエンスより5倍も長い300.000年を過ごしてきたので、ネアンデルタール人が最初にこれらの「高緯度地適応」可能な特徴を 開発しなければならなかったのは、当然であるだけです。

  ←当ガラパゴス史観は3項目あてはまりました。ということは、ネアンデルタール人の形質を受け継いでいる、ということになりますが...... 多少気が短く、怒りっぽいという粗野な部分がネアンデルタール人の遺伝のせいなら多少気が楽になります。!!

ヒトは、どれくらい速くネアンデルタール人と置き換わりましたか。

  現生人類とネアンデルタール人の交配は多分とても長引いたプロセスであったでしょう。そこにおいて、アフリカと中東からのホモ・サピエンスの安定した流入は ネアンデルタール人DNAを次第に希釈したでしょう。
  考古学的な痕跡が現在まで見つからなかったほど少数ではあるが、ヨーロッパへのホモ・サピエンスの最初の移動は100,000年前という早い時期に始まっていたでしょう。
  近東または北西アフリカ(ジブラルタル海峡を通って)からのホモ・サピエンスの定期的な移動は、最終氷河期の間、中石器時代、新石器時代そして青銅器時代に生じた 新しい移住の波と同じように、旧石器時代の間続いたでしょう。

  ネアンデルタール人が進化して、時間とともに屈強でなくなりホモ・サピエンスにより近くなったという否定できない骨格の証拠があります。それは少なくとも100,000年前に始まります。
  地中海のネアンデルタール人はその屈強でなくなった種類でした、彼らの北の仲間達が古いタイプのネアンデルタール人に留まっている間に、 そしてホモサピエンスとの交配の可能性の最も多くの特徴を示しました。
  もしホモサピエンスと亜種間交配することがかなり早い時期に起きていたとするなら、それは南ヨーロッパで起きていたでしょう。

  旧石器時代中期(〜50,000年前)の間、ホモ・サピエンスのヨーロッパへの移動がヨーロッパのネアンデルタール人集団の遺伝子に重大な影響を及ぼすには、 北アフリカと南西アジアのホモ・サピエンスの存在はあまりに小さ過ぎました。
  しかし、ホモ・サピエンスの人口が旧石器時代後期(50,000〜10,000年前頃)の間に増大したので、南東ヨーロッパで彼らの遺伝子はネアンデルタール人の遺伝子より 多くなり始め、それから他のヨーロッパ地域に少しずつ増えてゆきました。
  通常的に交配が生じることが起こるならば、彼らがおよそ25,000年前に考古学的な記録から姿を消したように、結局、ネアンデルタール人らしい特徴は薄められてゆきました。

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  *ガラパゴス史観注:
  ネアンデルタール人は肉食の頂点捕食者で、寒冷期に大型肉食獣がいなくなることで雑食に変化できず絶滅したと考えていたのですが、 もしかするとそうではなく増殖率が高かったホモサピエンスの中に増殖率の低いネアンデルタール人は自然吸収され、また交配が進み同化してしまったとも考えられます。

  また徳島大学医学部の科研費の調査研究で明らかになった、縄文系Y-DNA「D2」が持っている無精子症や乏精子症の高頻度の出現率はネアンデルタール人との亜種間交配の負の遺産ではなく、 ネアンデルタール人の形質をそのまま受け継いだだけなのかもしれません。

  いずれにしても、ネアンデルタール人から受け継いだと思われる自分の形質を考えると、ネアンデルタール人は絶滅したのではなくホモサピエンスに自然に吸収され同化していった、 と考えたいです!

以上
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14-6. HLA抗原・免疫システムから解析した現代人と旧人の交配

  出アフリカした現代人の遺伝子にネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝子が交配していることは明らかになりつつありますが、免疫システムも受け継いでいるようです。
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The Shaping of Modern Human Immune Systems by Multiregional Admixture with Archaic Humans

Laurent Abi-Rached, Matthew J. Jobin, Subhash Kulkarni, Alasdair McWhinnie, Klara Dalva, Loren Gragert, Farbod Babrzadeh, Baback Gharizadeh, Ma Luo, Francis A. Plummer, Joshua Kimani, Mary Carrington, Derek Middleton, Raja Rajalingam, Meral Beksac, Steven G. E. Marsh, Martin Maiers, Lisbeth A Guethlein, Sofia Tavoularis, Ann-Margaret Little, Richard E. Green, Paul J. Norman, Peter Parham

Whole genome comparisons identified introgression from archaic to modern humans. Our analysis of highly polymorphic HLA class I, vital immune system components subject to strong balancing selection, shows how modern humans acquired the HLA-B*73 allele in west Asia through admixture with archaic humans called Denisovans, a likely sister group to the Neandertals. Virtual genotyping of Denisovan and Neandertal genomes identified archaic HLA haplotypes carrying functionally distinctive alleles that have introgressed into modern Eurasian and Oceanian populations. These alleles, of which several encode unique or strong ligands for natural killer cell receptors, now represent more than half the HLA alleles of modern Eurasians and also appear to have been later introduced into Africans. Thus, adaptive introgression of archaic alleles has significantly shaped modern human immune systems.


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 一般財団法人 HLA研究所の説明から抜粋すると、

  HLA抗原(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)は発見から半世紀以上を経て、HLAは白血球だけにあるのではなく、ほぼすべての細胞と体液に分布していて、 組織適合性抗原(ヒトの免疫に関わる重要な分子)として働いていることが明らかになりました。

  遺伝子型ごとに2つの型が判明します。それは、父親と母親の型を1つずつ受け継いでいるからです。両親から受け継いだ遺伝子の染色体は一対になっていますが、 そのためにHLAも同様に両親から受け継いだ2つの型が一対となって1つのセットを形成しています。それを「HLAハプロタイプ」と呼びます。 自分のHLA検査を行えば、各遺伝子型の2個の型が判明するだけですが、両親のHLA検査も行うと、どちらの遺伝子がどちらの親から遺伝したのかがわかります。

    今日あるHLA検査は、HLAが遺伝子の第6染色体の短腕にあることが解明された結果です。   HLAはA,B,C,DR,DQ,DPなど多くの抗原の組み合わせで構成され、さらにそれぞれが数十種類の異なるタイプ(アリル)をもち、ハプロタイプの組み合わせは、数万通りともいわれます。 HLAはヒトの体の中で重要な免疫機構として働いており、その主な役割は自他認識をすることにあります。

  例えば「HLA-A2」ハプロタイプを持つ人は「橋本病」や「Graves病」を発症しやすいのです。
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  この論文の図では、「B*73」・「C*15-」のHLAハプロタイプを持っていた原人(エレクトス)から旧人(ネアンデルタール人、デニソワ人)が、

●アフリカで分離したのは27万年〜44万年前頃、アフリカに残っていた残存原人から進化した、
●新人(ホモサピエンス)が’出アフリカ’したのは67500年前頃で、
●65000年前頃に新人存亡の危機で「C*15+」を獲得し、
●50000年前頃に東地中海辺り(つまり中東)で旧人と新人の亜種間交配が起り、旧人類が獲得していた色白、碧眼、赤毛や彫深顔などの形質だけでなく無精子症・乏精子症などの負の遺産も受け継ぎ、 そして免疫システムをも受け継いだらしい。
●その後30000年前頃に肉食の頂点捕食者だった旧人は大型動物の激減と共に絶滅し、雑食に変化していた新人は生き残り、アフリカ以外のアメリカ大陸も含む世界中に拡大し、
●10000年前頃にY-DNA「E」がとうとう’出戻りアフリカ’を果たし、交配したY-DNA「A」、「B」の非出アフリカ組のアフリカ先住民にも「B*73+」・「C*15+」が受け継がれた、
のだそうです。

  本論文ではデニソワ人はネアンデルター人の姉妹人類と表現しています。他の論文では明らかにmtDNAのヌクレオチド配置が異なるためネアンデルタール人とは区別されると表現しています。 当ガラパゴス史観はデニソワ人はネアンデルタール人のアジア型ではないかと推測しています。

  また更に別の論文では、新人と旧人の交配は60000年前頃の中東で恐らくネアンデルタール人と、45000年前頃に東アジアでデニソワ人との交配の可能性を報告しています。

  欧米で発表される論文は、ネアンデルタール人、デニソワ人の両旧人類と我々新人類との交配が間違いないことを続々と報告しています。恐らくその通りなのでしょう。

  50000年前頃に新人が突然技術力が上がったり、芸術性が芽生えたり、色黒のジャガイモ顔から彫深の褐色肌に薄まり、 とうとう高緯度地域特有の色白紅毛碧眼になったのはネアンデルタール人との交配で一気に獲得した形質とすれば、 ネアンデルタール人が獲得に数10万年かかった高緯度地域適応を数万年の短期間で手に入れた理由が納得できます。

  またY-DNA「D2」特有の日本人に多い無精子症・乏精子症の発症も亜種間交配のマイナスの結果と考えればすんなり納得できます。 また同じ新人類なのにネグリート形質を今でも維持しているY-DNA「A」、「B」の非出アフリカ組や「D」の日本人、チベット人、「E」の地中海沿岸のラテン系民族等と比べて、 ノルマン系など高身長人民族が大型だったネアンデルタール人との亜種間交配のプラスの結果、大型形質を受け継いだと考えることも非常に納得できます。

まとめると、ネアンデルタール人との交配で獲得した形質は、

・旧人のHLA抗原(全新人類か?!)
・無精子症・乏精子症(正式に報告されたのはY-DNA「D2」のみ)
・彫深顔(Y-DNA「CF」系が獲得)
・肉食性・攻撃性(大型獣ハンター、特にY-DNA「CF」系)
・高身長(特に北欧系・ノルマン系Y-DNA「I」の家系に顕著)
・色白、紅毛、碧眼(高緯度地適応なので北欧系に顕著)
などが目立つところです。

  新人類ホモサピエンスの中でアウストラロピテクス時代の人類本来のネグリート体質が受け継がれてきた古代遺伝子のY-DNA「A」「B」「C」「D」「E」「F」は全て現代でも基本的に小柄な遺伝子血統です。

  しかし中東で大型のネアンデルタール人と交配したことで大柄になる形質つまりエピジェネティクスを一気に獲得し、特にY-DNA「F」の新興子亜型遺伝子群にその大柄形質は濃く受け継がれました。 中でも最も早くヨーロッパ大陸に拡大したクロマニヨン人つまりノルマン系「I」は、絶滅寸前のネアンデルタール人とのさらに密接な交配で しっかりと大柄形質を固定化し北欧に特に展開したため高緯度寒地に高身長が強く発現したのです。 ラテン系以外の欧州人にはほとんどの民族にこのネアンデルタール人→ノルマン人遺伝子「I」がしっかりと交配しているため、欧州人は基本的に背が高いのです (大型化はエピジェネティクス=後天的獲得形質なので遺伝子そのものに変化は受けず、遺伝子の発現の仕方がコントロールされるのです)。

  一方ノルマン系遺伝子「I」の交配頻度の低い南欧のラテン系は新人本来のネグリート性を維持しているため小柄度が高いのです。 勿論個々に見ると個体差はありますが民族全体で見るとはっきり違いがわかります。南欧度が高いほど小柄で、北欧度が高いほど大柄になるのです。同様に色白・紅毛・碧眼の形質度も北高南低です。

  不思議なことに、これだけ人類・民族には複数の遺伝子が複雑に交配していることがわかってきているにも関わらず、いまだに人種論をふりかざす守旧派が後を絶たないことです。 特にネアンデルタール度の高い白肌連中の人種差別は根強いものがあります。オーストラリアの移民の子孫の白肌人も数万年経てば低緯度地域適応で黒肌か褐色肌になります。 アメリカ北部やイギリスや高緯度地域のヨーロッパに住むアフリカ出身黒肌人も数万年経てば高緯度地域適応で白肌になる可能性大です。

  でも恐らくその数万年の過渡期間は肌色による人種差別がなくならないのでしょうね!これはきっと滅んでしまった白肌ネアンデルタール人の呪いかもしれません!!! 我々縄文系Y-DNA「D2」の負の体質である無精子症・乏精子症ももしかするとネアンデルタール人の呪いかもしれません!? でも何故「D2」なのでしょうか?縄文系「D2」はおとなしく争いを好まず、指示待ち系で和をもって貴しとなし、地味な存在ながら頑張っているのに。 どうせなら攻撃的で支配したがり屋で鼻持ちならない「O3」を無精子症にすればよかったのに......とひがむのは被支配層の縄文−弥生交配遺伝子です。 Y-DNA「O3」は「CF」の子亜型なのでネアンデルタール度は「D2」よりも当然かなり高いのです。

以上
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17-11. 出アフリカした現代人は免疫システムをネアンデルタール人から獲得した!?

  出アフリカしたホモサピエンスが中東でネアンデルタール人と交配し、ホモサピエンスは遺伝子の1-4%をネアンデルタール人から受け継いだことは既に定説になりました。

  そしてY-DNA「B」の一部に過ぎなかった出アフリカ組のホモサピエンスは恐らく中東で、ネアンデルタール人の文化・技術や形質を多く受け継いだY-DNA「CF」と あまり受け継がなかったY-DNA「DE」に分化したことも間違いないでしょう。

  この出アフリカ組ホモサピエンスとネアンデルタール人との交配の事が、昨年2013年11月8日に発表された「The Journal of Biological Chemistry」の報告でより理解が深まることになりました。 今回の報告はScienceで発表された当紹介記事の「14-6. HLA抗原・免疫システムから解析した現代人と旧人の交配」と併せて読んでいただくと、より理解が深まります。 という訳で、今回の論文のAbstructとBioquicknewsの解説記事をご紹介します。ご興味のある方は是非原著をお読みください。
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A novel family of human lymphocyte antigen class II receptors may have its origin in archaic human species

Sebastian Temme, Martin Zacharias, Jurgen Neumann, Sebastian Wohlfromm, Angelika Konig, Nadine Temme, Sebastian Springer, John Trowsdale and Norbert Koch

November 8, 2013, doi: 10.1074/jbc.M113.515767 The Journal of Biological Chemistry, 289, 639-653.

 HLA class II α and β chains form receptors for antigen presentation to CD4+ T cells. Numerous pairings of class II α and β subunits from the wide range of haplotypes and isotypes may form, but most of these combinations, in particular those produced by isotype mixing, yielded mismatched dimers.
 It is unclear how selection of functional receptors is achieved. At the atomic level, it is not known which interactions of class II residues regulate selection of matched αβ heterodimers and the evolutionary origin of matched isotype mixed dimer formation. In this study we investigated assembly of isotype-mixed HLA class II α and β heterodimers.
 Assembly and carbohydrate maturation of various HLA-class II isotype-mixed α and β subunits was dependent on the groove binding section of the invariant chain (Ii). By mutation of polymorphic DPβ sequences, we identified two motifs, Lys-69 and GGPM-(84?87), that are engaged in Ii-dependent assembly of DPβ with DRα.
 We identified five members of a family of DPβ chains containing Lys-69 and GGPM 84?87, which assemble with DRα.
 The Lys/GGPM motif is present in the DPβ sequence of the Neanderthal genome, and this ancient sequence is related to the human allele DPB1*0401.
 By site-directed mutagenesis, we inspected Neanderthal amino acid residues that differ from the DPB1*0401 allele and aimed to determine whether matched heterodimers are formed by assembly of DPβ mutants with DRα.
 Because the *0401 allele is rare in the sub-Saharan population but frequent in the European population, it may have arisen in modern humans by admixture with Neanderthals in Europe.
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  Bioquicknewsの紹介記事です。

  ネアンデルタール人の骨から重要な免疫遺伝子発見

  ドイツのBonn Universityの研究グループと国際的な共同研究チームが、新しい受容体を発見した。現代人類が持っているこの受容体は危険な侵入物を判定し、免疫反応を発揮するために重要な器官である。この有益な器官の青写真はネアンデルタール人の骨のゲノムからも見つかっており、その起源がうかがわれる。この受容体が初期の人類に風土病に対する免疫を与えた。しかも、初期の人間にこの受容体が見つからず、現代ヨーロッパ人からは見つかるということは、現代ヨーロッパ人がこの受容体をネアンデルタール人から受け継いだ可能性を示している。この研究論文は、2013年11月8日付「Journal of Biological Chemistry」オンライン版に掲載されている。

  病原体が人体に感染すると、免疫系が危険な侵入物を判定し、これを攻撃する。進化の過程で効果的な防衛機能が発達したが、これは諜報機関員の方法とやや似たところがある。ヒト白血球抗原 (HLA) 系は、特定の遺伝子の助けを借りて受容体を作り、その受容体がアミノ酸8個からなるプロフィールを使って病原体の危険度を評価する。

  University of Bonn, Department of Immunobiology, Institute for Geneticsの教授を務めるDr. Norbert Kochは、「この機能は、スパイが単語のごく少数の文字からその文を怪しいと判断することに似ている」と述べている。このメッセージを解読するため、免疫系は侵入者のタンパク質をペプチドに分解し、さらにそのペプチドの一部をスキャンしてアミノ酸の配列を調べることもする。

  これまでのところ、3種類のペプチド受容体が1000を超える発現形態を示すことが知られており、これが病原体の身元証明になる文字組み合わせを読み取る機能を果たしている。Professor Kochは、「免疫系が人体に害をもたらす病原体スペクトラム全体のリスク評価をするためにはこのような幅広い発現が必要になる」と述べている。

  University of Bonnの免疫生物学者らが指導する、University of Dusseldorf、Technical University of Munich、Jacobs University Bremen、Cambridge Universityの国際的研究チームの手でさらに4番目の受容体が突き止められた。この受容体は、すでに知られている受容体の構成部分の組み合わせでできており、"HLA-DRaDPb”という略称で呼ばれている。

  研究者チームは、発見された受容体をエンコードしている遺伝子塩基配列をデータベースと比較し、ヨーロッパ人の3人に2人はこの重要な器官を持っていると推定している。Professor Kochの学生の一人がProfessor Koch自身のDNAのシーケンシングを試し、この受容体の青写真を持っていることを突き止めている。

  ところが、人類発祥の地と知られているアフリカの南部の住民の間ではこの受容体をつくるのに必要な遺伝子塩基配列が非常にまれであることを知って研究者らは驚いた。Professor Kochは、「現代人類の祖先にあたる初期の人間が何十万年か前にアフリカからヨーロッパに移動してきた頃にはまだこの受容体を持っていなかった」と述べている。

  2010年、ライプツィッヒ所在Max Planck Institute for Evolutionary Anthropologyの教授を務めるDr. Svante Paaboが指導してネアンデルタール人のゲノムのシーケンシングを行い、発表した。さらに、研究グループは、初期人類の一グループであるネアンデルタール人が受容体の青写真になる基本的な遺伝子塩基配列を持っていたかどうかを調べた。

  この実験的な作業で主要な役割を果たしたDr. Sebastian Temmeは、University of Dusseldorfの同僚と協力し、ネアンデルタール・データベースから入手した骨の小片からネアンデルタール人のゲノム塩基配列を解析、編集した。

  Professor Kochは、「ネアンデルタール人の遺伝子塩基配列は現代人類のそれとほぼ同一だ」と述べている。ネアンデルタール人は何十万年もヨーロッパに生活し、その間に様々な病原体に対する免疫をつけるHLA受容体を発達させたものと考えられる。

  このことはアフリカを起源とする現代人類の先祖と違って、ヨーロッパに住んでいたネアンデルタール人がその免疫細胞中にこの受容体を持っていたことを意味する。 Professor Kochは、ヨーロッパの現代人がこの優れた受容体を獲得できたのはネアンデルタール人のおかげだと考えており、 「紛れもなく進化の過程で得られた優位性」だと述べている。画像はHLA抗原。


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  本論文の中のわかりやすい第8図、"DPB対立遺伝子およびリース/GGPMモチーフの世界的な分配"をご紹介します。

  地図は、非移動性の集団(つまり先住民と、移住してきたが定住して長い期間が経つ住民のこと)を基本にして、DPB対立遺伝子0101、0201、0301および0401の対立遺伝子頻度を表示します。 赤が高頻度、青は低頻度(地図間の頻度間隔・スケールは同じではない)。
  D図の DPB1*0401対立遺伝子は、サハラ以南のアフリカにおいて比較的まれだが、北欧の集団になるほど高頻度になる。
  ネアンデルタールはLys-69とGGPM-(84-87)の両方を運びます、そして利用可能なシーケンスに関する単一の残留物によって現代人のDPB1とは異なります。
  つまりLys-69およびGGPM-(84-87)は現代人の他の対立遺伝子とは独立して生じたのです、それはそれらの配置の起源の解釈を決定することを困難にします。(つまり現代人起源ではなく、ネアンデルタール人起源、ということ)





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  わかりにくい説明なのですが、どうやら他の対立遺伝子はホモサピエンスの起源がアフリカであることと矛盾しないが、D図の「0401」対立遺伝子のみは現在アフリカ南部に住むホモサピエンスの起源遺伝子集団Y-DNA「A」と「B」が分布する地域では低く、それに対し出アフリカ組が居住する地域では高く、出アフリカしなかったY-DNA「A」,「B」やmtDNA「L」などの「非出アフリカ組」ホモサピエンス起源では説明出来ない、と説明しているのです。

  しかもこの対立遺伝子はネアンデルタール人から見つかったことから、出アフリカしたホモサピエンスが中東やヨーロッパでネアンデルタール人と密に交配し獲得し、更にインド亜大陸から移動してきたY-DNA「I」のクロマニヨン人が絶滅寸前のネアンデルタール人からしっかりとこの免疫システムを受け継ぎ、子孫のノルマン人が多く居住する北欧ほど頻度が高くなる結果となっている、と言いたいようです。

  また、もうひとつ重要なことは、アフリカ全体を見てもY-DNA「E」が分布をするところも「低め」、Y-DNA「J」のセム系が居住する北アフリカは「高め」になっています。そして実は日本も「低め」になっています。

  これは何を意味するのかは、明白で、ネアンデルタール人と交配しY-DNA「B」から分化したY-DNA「DE」と「CF」のうち、「DE」はネアンデルタール人とから受け継いだ形質が低く、「CF」は高かった事を意味しています。勿論縄文型のmtDNA「M*」や「M7」「M8」M9」などのアジア型mtDNA「M」系統もネアンデルタール人から受け継いだ形質が低かったことを意味するでしょう。

  縄文型と同じmtDNA「M」系列が多い南米も低いようです。Y-DNA「E」のアフリカ系が多いアメリカ南部も同じく低くなっています。

  出アフリカした中東でホモサピエンスのY-DNAが「DE」と「CF」に、mtDNAが「M」と「N」に分化した最大の要因が、 ネアンデルタール人との交配により受け継いだ形質の程度によるものであることは現在の世界の研究報告をまとめると最も合理的な説明になります。

以上
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15-27. 10万年前にホモサピエンスはアジアでネアンデルタール人と交配していた!?......と言う衝撃の最新発掘報告第二弾だが!

 2016年2月17日のNatureに、またまた欧米で話題になっている驚くべき報告が発表されました。
タイトルは
「Ancient gene flow from early modern humans into Eastern Neanderthals」
「初期のホモサピエンスから東方のネアンデルタール人への古代の遺伝子拡散」
です。
興味のある方は是非原著もしくはニュースの原文をお読みください。

  この論文ニュースはBBC放送でも早速取り上げられ、欧米では先の80000年前の中国で発掘されたホモサピエンス(記事15-26.)に続くニュースとなっています。 つまり、これまでネアンデルタール人の遺伝子がホモサピエンスへ組み込まれホモサピエンスの遺伝子の3-4%はネアンデルタール人由来とわかっているのですが、 その逆もまた真であり、ホモサピエンスからネアンデルタール人に組み込まれた遺伝子もあった、と言うこのなのです?!

  ただし、本論文では我々現代人はあくまで2000人程度で60000年前ごろに出アフリカした集団の子孫であって、 前記事15-26.の80000年前の中国のホモサピエンスも、当記事のアルタイ周辺で発掘されたホモサピエンスも滅んだ系統として見ているようです。
  欧米の研究者はどうしても2000人にこだわりたいようです。その理由は出アフリカ組の遺伝子の変異があまりにも小さいため、 原集団は複数ではなく1つだけだ、と言うことのようです。
つまり各地のホモエレクトスからの並行進化はなく、各地に分散したホモサピエンスと先住民のホモネアンデルターレンシスとの各地での交配による、 地域独自のホモサピエンスの誕生も継続しなかった、と言うことにしたいのです。

  この初期のホモサピエンスのユーラシア大陸への分散の仮説は、Y-DNAとmtDNAの研究が進み、 ホモサピエンスの誕生が少なくとも24万年前に遡れる(記事15-24.)との研究結果によります。
そんな昔に誕生していたホモサピエンスが65,000年前頃出アフリカするまでアフリカ大陸にじっとしていたことなど考えられない、という推測が前提なのです。 どういうわけか、ホモエレクトスもホモネアンデルターレンシスも出アフリカしているのですから、24万年前には誕生した(記事17-8.の論文では33万年前という説も) ホモサピエンスも当然すぐ出アフリカしたはずだ、と言うことのようです。



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上記の図を提供した、EUREKAlertのニュースの抜粋をご紹介します。

ネアンデルタール人へのホモサピエンスからの初期の遺伝子拡散

  研究者は、ネアンデルタール個体の遺伝子の中からホモサピエンスのDNAの最初の遺伝学的な証拠を発見しました。
現代人類とネアンデルタール人の間で交雑を生じるシナリオは:
  図中の緑の矢印で示される 47,000 - 65,000年前(緑の矢)に生じ、65000年前の出アフリカ後のアフリカの外で、 現代人類の中にネアンデルタールDNAが組み込まれたことが始まりでした。

  DNA分析のいくつかの異なる方法を使用して、約100,000年前起きた、ネアンデルタール人と現代人類の間で生じた、 「交雑」という出来事を国際研究チームは確認しました。   そして、それはそのような出来事がこれまでわかっている研究成果より何万年も早いことを示しました。 つまり、 一部の現代人類がもっと早くアフリカを出発して、ネアンデルタールと交配した、と研究チームは提案しました。 これらの現代人類は後に絶滅しました、したがって、およそ65,000年前に出アフリカした 我々現代人の原種の一つではありません

  この論文の筆頭著者ドイツのマックスプランク研究所のKuhlwilm Martinは、 「現代人類由来」のアルタイ・ネアンデルタール・ゲノムの領域を特定しました。 シベリアで発見されたネアンデルタール人のゲノムから「現代人」の中に似ているシーケンス領域を発見できるかどうかを、私は期待していました。
   現代の非アフリカ人がネアンデルタールの足跡を持つということを、我々は知っているので、 現代人の中に存在するネアンデルタール人由来のゲノム領域は我々にとって有用でありませんでした。   それで、現代のアフリカ人のほとんどに共通して存在する突然変異を識別するために、我々はアフリカの現代の個人のゲノムを使いました。 アルタイで発見されたネアンデルタール人のゲノム領域に、交雑を示すこれらの突然変異の一部が同様に見つかりました、とKuhlwilmは付け加えました。

  クロアチアとスペインで発掘されたネアンデルタール人からは、交雑を示すその突然変異領域は見つかりませんでした。
  そして同じくアルタイで発見されたデニソワ人も、交雑を示すそのシーケンス領域をもっていませんでした。
つまり、ヨーロッパの2人のネアンデルタール人もデニソワ人も現代人の祖先よりも前に出アフリカしたホモサピエンスとは交雑していないことを示します。
  また、アルタイのネアンデルタール人はヨーロッパの2人のネアンデルタール人と10万年は前に分離したことを示します。 一方、アルタイのネアンデルタール人から見つけられたシーケンスを持つホモサピエンスは、20万年は前に現代アフリカ人の祖先と分離したことも示します。
以上
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BBCニュースの記事の抜粋です。

ネアンデルタール人とホモサピエンスは10万年前にすでに交雑していた

  これまで、現代人類がアフリカ(およそ60,000年前)を出発したとき、 ネアンデルタール人とホモサピエンスの2つの種が互いに初めて遭遇したと思っていました。
ところが、我々が100,000年前に現在は絶滅した親類と交雑していたことを、 ネアンデルタール・ゲノムで見つかった現代人類のDNAの跡は、示唆します。

  シベリアのアルタイ山脈の洞窟で見つかった女性のゲノムは、100,000年前に異種間の交雑があったことを明らかにしました。
現代人類が出アフリカして世界に散らばり始めた時に、がっしりた体つきの親類人類と交雑し始めたことを研究は示唆しました。
  これらの遭遇(交雑)からもたらされたネアンデルタール遺伝子は現代の人類で見つかります、 そして最近の研究から、これらのネアンデルタールDNAの部分が、病気に対する我々の生まれつきの傾向における免疫系すべてで肝要な役割を演ずることを示しました。 つまり我々の免疫システムのほとんどすべてはネアンデルタール人から受け継いだものなのです(記事17-11.)。
  しかし、この研究でわかった逆の遺伝子の流れ、つまりネアンデルタール人がホモサピエンスから受け継いだ遺伝子が、 ネアンデルタール人にどのような影響を与えたかは全く分かっていません。

  それでもこれは、少なくとも40,000年後に起こったより大きな分散(60,000年前の出アフリカ)のはるか前に、 ホモサピエンスはアフリカを出発したことを意味します。
  そしてイスラエルのSkhulとQafzehで発掘された初期(10万年前頃と考えられている)の現代人類の化石や、 80,000年前には中国にホモサピエンスが住んでいたことを示唆する最近の研究(記事15-26.)も証拠として含まれます。

  またチンパンジーや現代の狩猟採集民(記事15-1.アウストラロピテクスも)に見られる女性のグループ間の移動 (近親婚によるグループの消滅を防ぐための平和的な交換や時には簒奪も)もあった可能性がありますが、更に多くのデータが必要です。
以上
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  とにかく、欧米の研究者は何が何でもスタンフォード大学が発表したわづか2000人で出アフリカしたホモサピエンスから、 非アフリカ人の全ての現代人は分化したことに固執したいようです。
  この根底には、アフリカ人は出アフリカせずアフリカにとどまり文明開化できなかった差別されても仕方がない下等な集団だ、という蔑視感があるようです。 しかし、現代アフリカ人の主要遺伝子Y-DNA「E」はラテン系ヨーロッパ人やベルベル人などの非アフリカ系民族の遺伝子でもあり出アフリカ遺伝子の1つなのです。
  そしてもっと重要なことは、このラテン系遺伝子Y-DNA「E」は、我らが縄文コア遺伝子のY-DNA「D」と分離する前の出アフリカ組の親亜型Y-DNA「DE」を共に構成した縄文の親戚遺伝子なのです。 つまりY-DNA「D」もY-DNA「E」も極めて古い4種の古代遺伝子の1つなのです (他にはもう一つの出アフリカした親亜型Y-DNA「CF」を構成した同じく縄文遺伝子の1つで日本列島に最古の子亜型が存在するハンター遺伝子のY-DNA「C」と インド亜大陸の他の全ての新興遺伝子群の親となったY-DNA「F」があります)。   本当の非出アフリカ遺伝子はY-DNA「A」と「B」だけですが、Y-DNA「A」が中心のコイサン族にも、 Y-DNA「B」が中心のピグミー族にもY-DNA「E」が高頻度で交雑しており、純系の非出アフリカ民族は既に存在していないのです。

以上
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