1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O」(O1,O2,O3) rev.2

  Y-DNA遺伝子調査で入手できたGlobal論文にY-DNA「O」の報告もかなりありました。極東大遺伝子群であるY-DNA「O」の国/民族別の出現頻度も調査しましたので結果を報告します。

  長江文明の楚系と思われるY-DNA「O1a」、
         越系と思われるY-DNA「O2a」、
         呉系と思われるY-DNA「O2b」、「O2b1」及び
  黄河系の「O3」の頻度も併せてまとめました。
     ただし、黄河系直系のY-DNA「O3a1」と黄河系と長江系の交配で分化した「O3a2」は
     データが不十分なので見送りました。

  日本はGlobalで発表された12論文から試算した頻度と、県別のデータがあった5論文から県別の人口比率を頻度試算に盛り込んだ人口比率補正した頻度を合わせてリスト化しました。
















































































































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1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O1a」rev.2

●長江文明系の楚系と思われるY-DNA「O1a」の出現する民族はそれほど多くはありません。 台湾の先住民が最も頻度が高く、楚が滅んだ際に長江河口から台湾に逃げ込み、島の中で各部族に別れ先住民族化したようです。他に南下した集団もいたようです。

  このリストで特筆すべきは日本の中国地方です。ここは葦原の瑞穂の国の原型と思われる地域ですが、山陰にはワニがでてくる因幡の白兎伝説や、高床式の出雲大社があり 政治的には奈良の中央権力とは違う文化を持っていたと考えられる吉備氏という豪族がおり、古代から独自の文化圏であったことが分かっていますが、 それがY-DNA「O1a」という楚系の遺伝子が現代でも約20%も占めている日本列島の中で最も古い長江文明の文化の根付いていた土地であったことが分かったのです。
  しかも中国地方は同じ長江文明系のY-DNA「O2a」,「O2b/O2b1」と合わせると何と50%以上の世界に冠たる長江文明遺伝子圏であることが分かったのです。 黄河系漢族Y-DNA「O3」との抗争に敗れて中華大陸を追い出された負け組の行き着く先はやはり海の向こうの島々なのでした。
  言語的にはオーストロネシア語族に属する集団であるようです。



















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1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O2a」rev.2

●長江文明系の越系と思われるY-DNA「O2a」は越が滅んだ際に江南に留まり少数民族化した集団もあれば、更に南下しインド亜大陸にまで逃げた集団も相当多くいます。 ドラヴィダ民族の中のタミール系Asur地域民はなんと64%が越系「O2a」遺伝子になっています。
  この「O2a」がタミール人に水田稲作農耕系の文化と語彙を持ち込んだため、 弥生系日本語彙と出自を同じくする長江農耕民系の単語がタミール語に多く残り、大野教授が日本語の祖先はタミール語と誤解する原因になりました。 遺伝子調査による民族の逃避・移動がわかった現在では、残念ながらタミール語祖先説は成り立ちません、 同様に東北アジア系騎馬民族(Y-DNA「C3c」)も日本列島には入ってきてはいません。言語的にはオーストロアジア語族に属する集団であるようです。
  このリストで非常に重要なことは「タイ」が入っていないことです。タイ族はY-DNA「O2*」を58%も含む、極東でも特異的な集団なのです。 一般的にタイ・カダイ語族として分類されていますが、この「O2*」が果たして長江文明に属するのかどうかまだわかりません。 「楚」や「呉越」と同じ頃に江南である程度の勢力を持ち、呉越以後に長江流域から漢族に追われ南下した集団があるはずなのですが、候補はまだ見つかっていません。 タイ族は6-7世紀頃に南下したのではないだろうかと考えられているようです。想像をたくましくすると閔(ビン:ただし門構えの中は虫)かもしれませんが、わかりません。





















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1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O2b」,「O2b1」rev.2

●長江文明系の呉系と思われるY-DNA「O2b」は呉が滅んだあと楚や越の遺民やもともと含まれていた奴隷等を交えて、南下した越とは反対の北方に逃げ満州辺りで「O2a」から「O2b」に分化し、 稲作適地を求めて南下し朝鮮半島南部で水田稲作農耕をおこない遺伝子は現在に至っています。韓民族の30%を占めるほど朝鮮半島の農民層として定住・定着したようです。 「O2b」は更に水田稲作適地を求めてあるいは中華王朝の朝鮮半島出先機関の圧政から逃れるためか更に南下しボートピープルとして日本列島に逃げ込みここで弥生文化を花咲かせたわけです。 この間縄文遺伝子のY-DNA「D2」と密に交配し「O2b1」に分化し、未分化の「O2b」と併せ日本列島でも朝鮮半島とおなじく30%のY-DNA「O2b+O2b1」遺伝子頻度を現在持っています。 「O2b」は基本的に満州族、韓(朝鮮)族と日本人(琉球民族も含む)のみに高頻度で現れる特殊な遺伝子子亜型なのです。
  この満州族に見られるY-DNA「O2b」のオリジンは、1744年編纂の「八旗満州氏族通譜」で満州族中に43姓の朝鮮族姓が既に記載されているほど満州族中に深く浸透している朝鮮族の 伝えてきたY-DNA「O2b」である可能性が極めて高く、長江文明呉系遺伝子と考えられるY-DNA「O2b」を今日まで維持する民族は世界で、 朝鮮民族(韓民族)と日本民族のみでしょう。弥生時代の朝鮮半島南部と西日本は長江系呉系水田稲作農耕文化圏を形成していた可能性が極めて高いでしょう。





















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1-7. 極東遺伝子度調査 Y-DNA「O3」rev.2

●現在世界の覇権を狙っているのがY-DNA「O3」です。東ユーラシアからオセアニアまで広く進出しています。ニューギニアのY-DNA「C2」92%のDani 族の残り8%は「O3」です。 なんでこんなところにまで進出したのか?なにかメリットがあったのか?他の遺伝子と一緒に移動する必然性があったのか?不思議です。
  そんな「O3」にも存在する遺伝子の純血を守ろうとした「O3」集団は残念ながら少数民族化してしまいましたが、交配をいとわなかった集団は漢族系として現在アジア諸国の支配層として 日本を含むアジア各国のエスタブリッシュメント層として君臨しています。大和朝廷族と武士団族の大半は朝鮮半島での勢力争いに敗れて、武力を持った勢力として日本列島に侵攻してきたのですが、 狩猟用の戦闘力しか持たなかった縄文・弥生交配集団を武力で圧倒し・支配し神話も乗っ取り、大和朝廷を現在にまで存続させるという奇跡を成し遂げたのです。
    第二次大戦後に縄文・弥生系と侵攻系「O3」系との交配が一気に進んだため、現在の日本人は階級意識がほとんどありませんが、 長い間「O3」は支配層として身分が違うと称し、交配を拒んできたのです。支配欲の強い層ですが、支配するプロなのです。 だからこそ西欧文明の覇者のY-DNA「R1b」と渡り合うことができるのです。



































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