19-14. 縄文遺伝子Y-DNA「D2」のネグリート(倭人)体質

  日本人は今でこそ食糧事情が世界最高水準と良くなり、質素な穀物系食事で発現が抑えられていた身長の遺伝子が肉食化で 一気に解放され男子の平均身長は172cmまで伸びてきましたが、 江戸時代まではまさしく男一匹5尺の体で150cmが日本男児の平均で、見事なネグリートでした。
明治33年からの文部省の統計があり、17才の身長の推移が統計データとして公開されてましたので転載します。20-29才の厚生労働省の 最近のデータもありましたので比較に転載します。 一目瞭然ですが、身長の伸びは17才でほぼ止まることが極めて良くわかります。


  この統計データをグラフ化してみました。


  日本人の身長は1994年をピークに止まり最近は逆に若干下がる傾向にあることもわかります。
  明治33年ごろの17才男子の身長はまだ158cmです。明治維新で文明開化し食糧事情が改善されて33年経ってもまだ身長遺伝子は 全開放されておらず、 8cm高くなった程度でした。戦後まで戦時中の食糧難もありあまり伸びていませんでした。
  これを見ると日本人の身長が本格的に伸び始めたのは戦後になり誰もが腹一杯食べられるようになった1950年頃からです。 この後30年間で日本男子の身長は身長遺伝子のMaxまで一気に10cm近く伸びたのですが、まだ伸びると思っていた身長は1980年頃には 既にほぼ止まってしまいました。
江戸時代から100年かかって日本男子は身長を20cm伸ばしてきましたが、今は完全に止まりました。

  この要因は、日本人の約40%近くを占める古代遺伝子であるY-DNA「D2」縄文遺伝子と日本人の67%を占めるmtDNA「M」系縄文遺伝子の ネグリート性が これ以上の高身長化を拒否しているようです。もしY-DNA遺伝子亜型別に身長が統計できると極めて見事な結果になると思います。
  当ガラパゴス史観の周囲にも150cm台の小柄な男性は若い人にもかなりいます。戦後の食糧事情の改善で、 もともとネアンデルタール人譲りの大柄遺伝子を持つはずの Y-DNA「CF」系統のY-DNA「C1」,「C3」,「O2b」,「O2b1」や「O3」の身長は一気に伸び、平均身長を押し上げたと思われます。
  魏志倭人伝の頃の日本列島はY-DNA「D2」と「C1」及び「C3」が人口の大部分を占めていたため文字通りネグリート=倭人が 大多数の地域だったからこそ「倭人伝」が出来たのでしょう。 比較して大柄だったはずの呉系長江文明人のY-DNA「O2b」と「O2b1」は日本列島で既に稲作を展開していたはずですが、 ボートピープルとして小集団で対馬海峡を渡ってきたため まだ十分な人口は無く(もし既に十分な人口があったなら、長江文明系呉越風の風俗習慣も併せ倭人伝にその旨記載されていたはずです。) 中国王朝にはまだ知られるほどではなかったのでしょう。

以上
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