3-1. Y-DNAによるヨーロッパ民族度の復習 rev.2

Rev.2

  ヨーロッパ情報にも関わらず意外にアクセスが多いので、EupediaのY-DNA情報を転記しより理解しやすいようにすることにしました。 最もアクセスの多いY-DNA「J」とY-DNA「R1a」から始めますのでご参考に!
  下図はEupediaに掲載されているヨーロッパの最大の亜型Y-DNA「R1a」と「R1b」がヨーロッパに辿りつくまでの大移動の予想図です。 彼らはヨーロッパ大陸の最古の住人であるクロマニヨン人の子孫のY-DNA「I」と交配しながら、東ヨーロッパで展開したのがスラブ民族の母体になり、 中央ヨーロッパに進出したのがゲルマン民族の母体になったようです。

  Y-DNA「R1a」の発祥の地はまだ正確にはわかっていないようですが、最も有望な起源地は中央アジアあるいはロシア/シベリアの南部だそうです。 右下に伸びる矢印がアーリヤ人のインド侵入になります。先住のインダス文明を興したと考えられているY-DNA「L」が母体のドラヴィダ民族を インド南部に押し込めてインド亜大陸を乗っ取ったわけです。



















  Y-DNA「R1b」の発祥の地は中央アジア南部からイラン北部の辺りだそうです。下図はいわゆるゲルマン民族の大移動を含んでいるようです。

























  ヨーロッパ各地の優勢なY-DNAハプロタイプの地図です。右端中央のカスピ海北部辺にY-DNA「C3c」の地域があることが興味を引きます。 モンゴル帝国のキプチャク汗国等のモンゴル人の末裔の足跡です。

















































  このEupediaの記事を読んでいると遺伝子のモザイク地域であるヨーロッパ・西ユーラシアのいわゆる白人達はいかに自分たちのルーツにこだわるかが、良くわかります。 ところが大和朝廷族や武士族などの侵略者遺伝子Y-DNA「O3」が学会を牛耳る日本は欧州に負けないくらいの種類のY-DNAやmtDNA亜型を持つにもかかわらず、 日本民族をひとくくりにし特に縄文の日本人の血統や精神文化に対する基盤・貢献を表に出さないように御用学者達を使い無視してきています。

  日本人の持つ3.11で示されるような他人を出し抜かない、略奪をしない、和を重んじ耐える気質・行動様式は、Y-DNA「D2」,「C1a」,「C3a」が持つ縄文系の精神文化の表れです。 その上に、メソポタミアと同時期に農耕革命を興したY-DNA「O2」,「O1」の水田稲作農耕民の進取の気質が合わさり縄文−弥生複合民族・文化となり 黙々と技術革新に取り組む日本人の基盤を構成しているのです。

  そして朝鮮半島での生存競争に敗れ武装侵略者として日本列島に逃げ込み、先住民の縄文−弥生集団を蹴散らし日本列島を乗っ取ったのがY-DNA「O3」で、 その好戦性が和を重んじるはずの日本人に極端な残虐性・出し抜き好きなこすい気質を持つ2面性を与えたのです。

  そして日本列島をこれまで長い間支配し、これからも支配してゆくだろうY-DNA「O3」上流階級・支配層つまりエスタブリッシュメント層は 自分たちの支配の正当性を保つために学会や論文を支配し、日本列島を侵略した過程がわかり万世一系を否定する遺伝子の移動の解明は決して行わないでしょう。 行ったとしても発表しないか歪曲するかでしょうね。

  

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3-1. Y-DNAによるヨーロッパ民族度の復習 rev.1

Rev.1

  巨大書店のジュンク堂で世界史地図帳を購入しました。 目を通していて、インド・ヨーロッパ語族の移動のところでアーリヤ人が印欧語族の故地の中西部ユーラシア(黒海/カスピ海/アラル海の北側に拡がる広大な地域)から、 移動を開始したことが書かれており昔習ったゲルマン民族の移動をおもいだしました。

  ある集団(Y-DNA「R1b」)は西進しヨーロッパに侵入し先住のクロマニヨン人の子孫(Y-DNA「I 」)と遭遇し、交配を嫌い独自文化を保とうとしたのがケルト民族になってゆき、 交配を強めたのがゲルマン民族の前身になっていったようです。ドイツ人やオランダ人のY-DNA「I 」頻度は意外に高いのです。やはり異なる遺伝子と交配することで民族エネルギーが上がり、 純度を保とうとすると同質性が高まり民族エネルギーが下がる、という民族学の知識はここでも生きているようです。

  方や南下しイラン高原からインド北部に侵入した集団(Y-DNA「R1a」)は、インド・アーリヤ人として先住のインダス文明人のドラヴィダ人(Y-DNA「L」)を追い出し インド亜大陸南部に押し込め、現代インド人の肌の黒褐色はかなり密接に交配したドラヴィダ人から受け継いだものです。

  その時にY-DNA「R1a」は故地に留まるかやや北に移動した集団がいたことです。それがスラブ系の集団になったのです。 つまりY-DNA「R1a」はヨーロッパでは間違いなくスラブ民族遺伝子なのですが、実はインド・アーリア人遺伝子でもあったのです。スラブ民族とインドアリーヤ人は同根なのです。 つまり交配した相手の違いで今我々が知っているくらい違う外観に変貌したのです。 ロシアのプーチンはY-DNA「N」系のような感じですがメドベージェフは「R1a」のような気がします。公開してほしいですね。

  世界史地図帳は世界の動きを改めて思い出させてくれました。寒冷化時代のユーラシア大陸と地続きだった日本半島も 温暖化し海面上昇後の諸島となった日本列島も世界の動きと絡めて見ないと、Y-DNA「D2」が何故日本列島にいるのか、 何故北海道では世界で最も高頻度なのか?Y-DNA「O2b」は日本列島で何故「O2b1」に進化したのか?何故南琉球に最高頻度で分布しているのか? 「C1」は何故本州の最北端に多いのか?何故「C3」は九州に多いのか?北海道の「C3」は本州の「C3」と何故出自が違うのか?.....。 などグローバルな視点で見ないといけないと改めて考えさせてくれました。そのうち日本史地図帳も改めて勉強するつもりです。



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