3-10. Y-DNA「Q」 異民族の侵入者フン族の痕跡

侵入した異民族・フン人の痕跡Y-DNA「Q」

  ヨーロッパ人にとって、異民族とはどんな集団なのであろうか?Eupediaには意外なY-DNA情報がありました。Y-DNA「Q」です。 我々が世界史で習う白人ヨーロッパへの侵入者は東ヨーロッパにフン人(匈奴らしいが)や、モンゴル人(元帝国)、スペインにウマイヤ王朝等のイスラム教徒、 バルカンとアナトリアのオスマン帝国のイスラム教徒などが大きなトピックスになっています。

  スペインのイスラム教徒はスペイン内のケルト系・バスク系の独立運動等で現在あまり目立ちませんが、アナトリアはオスマン帝国の滅亡後ケマル・アタチュルクの活躍で トルコ人がそのままトルコ共和国を樹立しイスラム圏として残りました。しかしバルカン半島はキリスト教、ギリシャ正教にイスラム教がしっかりと根付き民族+言語+宗教の大紛争地に なっています。
  また徹底した混血政策で医学的に同質にさせられたブルガリア人やギリシャ人のトルコ嫌いはすさまじいものがあります。

  ヨーロッパにおけるモンゴル人のY-DNA「C3c」はカスピ海周辺に痕跡程度に残っていますが、ヨーロッパ本土からは遠いので問題視されないようです (ソ連のタタール人強制移住によるクリミヤ半島での遺伝子混入は除く)。
  ところが意外にヨーロッパ人に痕跡以上に残っているのがフン族の遺伝子と思われるY-DNA「Q」です。日本人にも検出されるのがY-DNA「Q1a1a1」ですが、 フン族はY-DNA「Q1a1b1」と「Q1a2」らしいので日本列島に渡ってきた可能性は残念ながらなさそうです。   またネイティブ・アメリカンはY-DNA「Q1a2a1a1」なので、出シベリアし当時陸橋だったベーリング陸橋を渡り新天地アメリカ大陸に渡った集団の一部が シベリアに留まり南下して日本列島に渡ってきた可能性もなさそうです。
  やはり他のY-DNA「NO」と同様に満州、朝鮮北部辺りにいてY-DNA「O3」の古代中華王朝の出先機関の一部となり、 朝鮮半島の勢力争いに負けて追い出された武装侵略者の大和朝廷族と武士族とともに日本列島にやってきたと考えるのが妥当なようです。

  ともかくY-DNA「Q」がヨーロッパに結構残っているのです。ヨーロッパ人にとっては1700年以上経ってもアッティラ大王率いるフン人の侵入トラウマとして残っているのでしょうかね!?
  以下、Eupediaの記事です。
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  Y-DNA「Q」は、中央シベリア・中央アジアと、ネイティブ・アメリカンの間で主に見つけられます。
  pre-コロンビア人のネイティブ・アメリカンのおよそ90%はY-DNA「Q」に属します。またそのすべては、Y-DNA「Q1a2a1a1」(変異M3)および Y-DNA「Q1a2a1a2」(変異Z780)の子亜型を含むY-DNA「Q1a2a1」(変異L54)に由来します。
  ヨーロッパY-DNA「Q」の中では、主としてスウェーデン南部(5%)とアシュケナージ・ユダヤ人(5%)の間で見つかり、フランスのローヌアルプ地域、 シシリー島南部、クロアチア南部、セルビア北部、ポーランドとウクライナの数箇所など、中央および東ヨーロッパの中の様々な孤立した地域でも見つかります。
  Saric et al.(2013)は、さらにクロアチア南部 (2%の東アジアのmtDNA「F」を伴った) のフヴァル諸島の412サンプルから6.1%のY-DNA「Q」を見つけました。

ヨーロッパのY-DNA Qの分布


















  Y-DNA「Q」は最終氷河期最盛期 (LGM、19000年前〜26000年前) の直後に中央アジアか北アジアで始まったと思われます。
  Y-DNA「Q」はY-DNA「P」に由来します。「P」はY-DNA「R1a」およびY-DNA「R1b」の先祖でもあります。
  Y-DNA「Q」は早く小亜型Y-DNA「Q1a」およびY-DNA「Q1b」へ分化しました。
  北のY-DNA「Q1a」集団は、LGM後の気候が温暖化した後にシベリアに拡大しました。
  あるY-DNA「Q1a」は13000年前〜16500年前のに、まだ凍結していたベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸に移動しました。
  Y-DNA「Q1b」集団は中央アジアにとどまり、その後、南方の中東へ移住しました。

  ヨーロッパでは、Y-DNA「Q1a」はフン人及びモンゴル人とテュルク人によってもたらされたと信じられてます。 そしてそれらすべては現代のモンゴル周辺のアルタイ地域に起源を持つと思われます。
  Y-DNA「Q」は、Petkovski et al.(2006)によってモンゴルにあるフン人の鉄器時代の遺跡の残渣物と、Klang et al.(2013)によって新疆のフン人の遺跡から同定されました。
  現代モンゴル人は、Y-DNA「Q1a2a1c」(変異L330)、Y-DNA「Q1a1a1」(変異M120)、Y-DNA「Q1a1b」(変異M25)およびY-DNA「Q1a2a*」(変異L53)を含むY-DNA「Q1a」の様々な子亜型に属します。

  スウェーデン南部のGotalandおよびゴトランドは、現在、ヨーロッパでY-DNA「Q」の最高頻度(5%)を持っています。また、そのほとんどすべてはY-DNA「Q1a2b1」(変異L527)小亜型に属します。
  ローマ人は、フン人が少ないエリート支配層および大部分がゲルマン勇士の軍隊から構成されていると報告しました。 ゴトランドとGotalandは古代のゴート人の母国と推定されています。
  紀元1世紀に、あるゴート人達は、スウェーデンからポーランドに移住し、2世紀には現代のモルドバ周辺の黒海の北部地域に移動しました。 フン人は、4世紀にポントスの大草原のゴート人を征服し、ドニエプル地域から逃げることを強制し東ローマ帝国(バルカン地域)に定住させました。
  ゴート人とフン人は、ローマ帝国に侵入する前に、あるいは西ローマ帝国の滅亡の後にスウェーデン南部に戻り、 中央ヨーロッパはスラブ人の移住で置きか換えられたことは起こりそうもないわけではありませんでした。
  というのも、古代人でさえ祖先の母国の郷愁を維持し、数百年前の先祖がどこから来たかを正確に知っていたからです。

  Y-DNA「Q1a」がモンゴル人、シベリア住民、ネイティブ・アメリカンに多いのに対し、Y-DNA「Q1b」は中央アジアに起源があり南アジアと中東へ初期に移動したように見えます。
  ヨーロッパのY-DNA「Q1b」の最高頻度は、アシュケナージ・ユダヤ人(5%)およびセファルディー・ユダヤ人(2%)で見つかります。 そのことはY-DNA「Q1b」が2000年前にユダヤ人の離散の前にレヴァント地域に存在していたことを示唆しています。
  Y-DNA「Q1b」は、さらにレバノン(2%)、および南ヨーロッパのフェニキア人によって植民された(クレタ島、シシリー島、イベリア南西部)の孤立した地域で見つかります。 これは、Y-DNA「Q1b」が起源前1200年頃、フン人が移住してくるかなり以前に、既にレヴァント地域に存在していたに違いないことを意味します。 1つの仮説はY-DNA「Q1b」が、後期青銅器時代の間に中央アジアからのインド・イラン人の移住によって、Y-DNA「R1a」(変異Z93)と共に中東に到着したということです。

  Y-DNA「Q1a」と「Q1b」の子亜型ツリーです。


















以上

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