10-6. ラテン・地中海度 調査 Y-DNA「E1b1b」 rev.4

  Y-DNA「E1b1b」遺伝子も頻度の高低の差はあれどヨーロッパ人のほとんどに含まれています。もとも我々日本人の持つ縄文中核遺伝子のY-DNA「D2」とは兄弟遺伝子なのです。 60000-70000年前頃に大干ばつ地域と化した母なる大地/北アフリカから生きるため絶滅寸前だった現代人類は出アフリカし、中東に逃げ60000-70000年前頃に現代人類Y-DNA「CT」は 「DE」と「CF」に分化し,50000-60000年前頃に「DE」は「D」と「E」に更に分化したそうです。そして東進した「D」はアジア一帯に拡大しましたが、「O」の膨張により押し出されて 辺境の地にのみ生き残りました。一方「E」は何故か再び砂漠と化した北アフリカに戻り、先住の「A」や「B」と交配しながらアフリカの大地に拡がりました。 ところが一部の集団が地中海の北側に進み温暖なヨーロッパ南部に住み着きました。これが陽を浴びて褐色の肌になりやすいラテン系のヨーロッパ人の基になりました。 従って「E1b1b」は圧倒的に北アフリカに高頻度を示します。

  ヨーロッパではスペイン、イタリアなどのいわゆるラテン系人種の他にバルカン半島のほぼすべてで高頻度に見られます。古代のバルカン半島など地中海沿岸は 先住のノルマン系「I」に加えて北アフリカと同じ「E1b1b」遺伝子地帯だったのです。そこにケルト「R1b」、スラブ「R1a」、メソポタミア「J2」などの民族が流れ込んできたのです。 南国系の遺伝子のため寒いスカンジナヴィアでは頻度は極めて低いのです。

  またイギリスは国全体で見ると頻度は低いのですが、或る地域に「E1b1b」が高頻度で固まっています。イギリスWales北部のAbergeleという地方ではY-DNA「E1b1b」の頻度は 実に38.9%にも達します。これはローマ時代のローマ軍の進出・駐屯・定住の結果と考えられています。ヨーロッパの中で最高の頻度を示しています。 意外に陽気な一面を持つイギリス人の要因かもしれません。





































































































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3-6. Y-DNA「E1b1b」 ラテン度(地中海度) 調査 rev.4

  Y-DNA「E」はホモサピエンスY-DNA「BT」が原人、旧人等の先輩人類と同様に出アフリカを決行し、中東でネアンデルタール人(旧人)と交雑し分化したY-DNA「DE」とY-DNA「CF」のうち、 YAP系Y-DNA「DE」から更に分化しました。
  一方のY-DNA「D」はアンダマン諸島でY-DNA「D*」のJarawa族とOnge族が50000年以上経った現在でも遺伝子を連綿と受け継いでいます。 そしてY-DNA「D」から分化したY-DNA「D1」は羌族、チベット族等として現代に生き、Y-DNA「D2」は縄文人の血統として現在も日本人男性の約40%を占め、 和を重んじる縄文人の精神を受け継いでいます。

  ところがY-DNA「E」は何を思ったか折角出アフリカした中東から他の古代遺伝子Y-DNA「D」,「C」と「F」がインド洋沿岸を東進したのに対しアフリカ大地に出戻ってしまったのです。 そして全アフリカに展開しY-DNA「A」と「B」と密に交配し現在に至っています。このためY-DNA「D*」のような純系のY-DNA「E」集団や「A」や「B」の集団はもはや存在しません。 コイサン族もピグミー族も全てのネイティヴ・アフリカンはY-DNA「A」、「B」と「E」の見事な交配集団なのです。
  そしてY-DNA「E」は地中海の南岸(北アフリカ)から北岸のヨーロッパに展開しラテン系の気質をイタリア、スペインなどヨーロッパに植え付けたのです。以下Eupediaの記事です。

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  Y-DNA「E1b1b」はヨーロッパの外で高頻度、モロッコ(>80%)、ソマリア(80%)、Ehiopia(40%?80%)、チュニジア(70%)、アルジェリア(60%)、エジプト(40%)、ヨルダン(25%)、 パレスチナ(20%)およびレバノン(17.5%)で見つかります。
  ヨーロッパ大陸においては、コソボ(45%以上)、アルバニアおよびモンテネグロ(両方27%)で最も高い頻度、ブルガリア(23%)、マケドニアおよびギリシャ(両方21%)、キプロス、 シシリー、南イタリア(18.5%、セルビア(18%)およびルーマニア(15%)と続きます。

  Y-DNA「E1b1b」は、アフリカからヨーロッパへの最後の直接移住を表わします。
  それは、およそ26000年前に最初にアフリカの角部分(Horn)に現われており、旧石器時代後期・中石器時代の期間に北アフリカと近東へ拡散したすると考えられます。
  Y-DNA「E1b1b」は、アフロ-アジア言語の拡散に緊密にリンクしています。

  Y-DNA「E1b1b」の最も高い遺伝的多様性が北アフリカで観察されます。特に、エチオピアとソマリアではさらにY-DNA「E1b1b2」(変異M281)、Y-DNA「E1b1b1c」(変異V6) あるいはY-DNA「E1b1b1d」(変異V92)のようなより古くよりまれな子亜型群を独占をしています。
  エチオピア人とソマリア人は、ほとんどがY-DNA「E1b1b1a1c」(変異V22)およびY-DNA「E1b1b1a1a2」(変異V32)(Y-DNA「E1b1b1a1a」変異V12の子亜型)の子亜型に属しますが、 Y-DNA「E1b1b1b1a」(変異M81)、Y-DNA「E1b1b1b2a」(変異M123)およびY-DNA「E1b1b1b2c」(変異V42)も少数ですが存在します。
  Y-DNA「E1b1b」の主な子亜型の中で、Y-DNBA「E1b1b1a1b」(変異V13)およびY-DNA「E1b1b1a1d」(変異V65)だけがアフリカの角部分に欠損しており、Y-DNA「E1b1b1a1d」(変異65)は 北アフリカでY-DNA「e1b1b1a1b」(変異V13)はレヴァント南部(V13)で恐らく始まったと考えられます。

  Y-DNA「E1b1b」は、多分、新石器時代のライフスタイルの最も初期の開発および農業(メソポタミアの肥沃な三日月地帯で発生したと信じられている)の到来に関係していたかもしれませんが、 農業は今はサハラ砂漠によって覆われてしまった北東アフリカの数箇所でより早く開発されたのです。
  農業は近東からヨーロッパへ広がりました、初めはほとんど地域のヤギ・羊飼いと牛飼いでした。
  Y-DNA「E1b1b」男性は(Y-DNA「G2a」,「J」および「T」男性を伴った)は、少なくともレヴァントからバルカン諸国(テッサリア/新石器時代)への新石器時代の着色陶器の拡散および、 下図の地中海西部のCardium陶磁器(Cardium Pottery)文化(紀元前5000年〜1500年)に関係しているように見えます。
















  これを立証する具体的な証拠は今のところ、今日のバルカン諸国南部において最も一般的なY-DNA「E1b1b1(変異V13)小亜型の存在と、Lacan et al.(2011)によってテストされた 7000年前の北東スペインの新石器時代のサイトの存在のみです。
  新石器時代の牛の何頭かのアフリカの起源はDecker et al.(2013)によって確認されました(2013)、イベリアとイタリアの牛がアフリカのタウリン(2-アミノエタンスルホン酸)からの 遺伝質浸透を所有するという報告です。

  現代の出現頻度から判断して、Y-DNA「E1b1b」はヨーロッパの農業の宣伝にリンクした主要な近東のY-DNAでしょう。
  それはヨーロッパの至る所で一貫して見つかる唯一の近東のY-DNAです、ノルウェーでも、スウェーデンでも、フィンランドおよびバルト海の国々でさえ、それらの国々ではY-DNA「G2a」、 Y-DNA「J1」およびY-DNA「T」(エストニアを除く)のような他の新石器時代のY-DNAの欠如によって顕著です。
  もしスカンジナビア、北東ヨーロッパおよびポントスの大草原ではほんの小さな集団だったとしても、Y-DNA「E1b1b」血統はヨーロッパで事実上すべての新石器時代と後に続く文化の 重要な部分になっていたでしょう。

中東からヨーロッパ(起源前9500年〜3800年)への農業の拡大


















  フェニキア人とカルタゴ人がキプロス、マルタ、シシリー、サルデーニャ、イビサと南イベリアにより多くのY-DNA「E1b1b」を運ぶ間、古代のギリシア人はキプロス、シシリー、 南イタリア、リグーリア(イタリー),プロヴァンスと東部スペインのような場所に対しY-DNA「E1b1b」の普及に貢献しました。
  ローマ帝国内の移住は恐らく役割を果たしました、であるが、ヨーロッパのY-DNA E1b1bの再配送での小さなもの。

●Y-DNA「E1b1b」は気候変動のせいで北アフリカから直接ヨーロッパへ移動した可能性はありますか?

  Y-DNA「E」がいつ最初にヨーロッパに入ったかはまだ明らかになっていません。
  最も初期の名高い有史以前のサンプルは起源前5000年のカタロニア(スペイン)のY-DNA「E1b1b1a1b(変異V13)です。
  したがって、私たちは、Y-DNA「E1b1b」が少なくとも早期新石器時代以来南ヨーロッパの中に存在していたことを間違いなく知っています。
  それにもかかわらず、中石器時代か後期石器時代の間の南ヨーロッパへのY-DNA「E1b1b」の他の移住の可能性は除外することができません。

Y-DNA「E1b」の頻度分布(Y-DNA「E1a」はナイジェリア等アフリカ諸国に分布)


















Y-DNA「E1b1b1a1b」(変異V13)の頻度分布


















Y-DNA「E1b1b1b1a」(変異V81)の頻度分布


















Y-DNA「E1b1b1b2a」(変異M123)の頻度分布





















以上

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